謝礼
天明の演説は、まだ続いている。
「本題に戻るが、ハッキリ言ってお前らは腑抜けている! 今の陰陽師にある心意気は、自分の家を守ることと見栄を張ることくらいのものだ! お前ら、この試合を見て危機感は抱かなかったのか!? 文辻陽能、老日勇。どちらも名家の出身になく、方や子供、方や陰陽師の生まれですらない者。血筋を言い訳にしている者は、まだ腐っているつもりでは無かろうな! そうでない者も、ただ賞賛か嫉妬で終わらせるつもりでは無いだろうな!」
天明の演説はヒートアップし、焼き殺すような視線で会場の一人一人を睨んでいく。
「ふざけるな、誇りを持て! 新参者に追いつかれている、追い抜かれていることを恥に思え! 追いつき返す気概を持て! 時代の変化に対する焦燥を持て! 民を、国を救いたければ強く在れッ! この程度では到底足りぬと知るが良いッ!!」
天明はそこまで言い切ると、暫く反応を見た後に再び口を開いた。
「更なる成長を望む者は、後で俺の下に来ても良い……誰であろうと、稽古をつけてやる。そして、これを機に術の情報交換をもっと盛んに行うぞ。今こそ、陰陽師の成長の時だ」
ぉぉぉ、と下から轟くような歓声が上がる。それを聞いて、俺は一先ず演説は成功したのだろうと判断した。
♢
控室に戻り荷物を纏めた後、蘆屋の下に向かっていた俺は、現れた三人の男女の前で立ち止まっていた。
「あー……」
一人は知っている。十蓮碧だ。だが、その背後に立つ二人は……
「親か?」
「親です」
単刀直入に聞くと、シンプルな答えが返ってきた。
「え、えっと、父の涼と母の泉です」
暗い青髪の男が十蓮涼、長い青髪の女が十蓮泉だな。
「十蓮泉です。やっと会える時間が来たので居ても立っても居られず……娘のことに関して、感謝を伝えに来ました」
泉の言葉に、涼は頷く。
「別に要らないぞ」
「そう言わないで下さい。娘を助けられたというのに感謝の一つもせず、お礼の一つも出来ないままで居ると言うのは、親として耐えられることではありません……どうか、こちらを」
差し出された箱を見ると、その内側に青緑色の装身具のようなものが入っているのが分かった。
「そんなものを貰っても、俺には使い道が無いぞ」
「見ていないのにお分かりになるのですか……? ですが、陰陽師となるのであれば必ず役に立つ物かと――――」
俺は泉の言葉を途中で止めた。
「娘にでもプレゼントしてやれ。暫く俺は自分を鍛えることになるからな。道具に頼って戦うつもりは、当面無い」
泉が困った顔をすると、碧がその裾を掴んだ。
「それよりお母様……あの、呪いの仮面を」
碧の言葉に、泉は首を振った。
「いえ、私の力では……それに、貴方も仮面を外して欲しいと望んでいるのですか?」
「え、そんなの当たり前じゃ……」
素っ頓狂な声を上げる碧だが、泉の考えは当たっている。
「いや、望んでいないな。今のところは」
「え……?」
疑問に満ちた表情で俺を見上げる碧。
「そうですか。では、気が変わったらいつでも家を訪ねて下さい。全力を賭せば私でもその仮面を解呪出来るやも知れません」
「分かった。その時は頼む」
「な、ななっ、何でですか!? お母様なら、時間を掛ければその仮面でも解呪出来るかもって言ってるんですよ!?」
食い下がる碧。確かに、普通に考えれば解呪を断るのは意味不明だろう。泉も、浄化の技術があるからこそ……恐らく、俺の仮面が俺を呪っていないことに気付いているんだろう。
「諸事情だ」
「お母様、何でなんですか……!」
「本人が望んでいる限り、私達から無理やり解呪は出来ません」
だとしても、何故最初から俺が断ることを察していたのか。納得出来ない表情の碧だが、涼の手がその肩に乗ると、碧は言葉をひっこめた。
「しかし、そうなれば……どうしてお礼すれば良いのか」
「だから、礼なんてのは要らないんだが。こいつを助けたのは俺の目的のついでだ。あの鬼と戦いたかったからな、代わって貰えるのは都合が良かった。ギブアンドテイクはそこで終わってる」
話した内容は事実だが、それで泉は引く気も無いらしい。
「お願いします。何か、欲しいものは無いのですか……?」
「まぁ、強いて言うなら……物珍しい術でもくれれば良い」
俺が言うと、泉は表情を明るくした。
「なるほど、物珍しい術ですね。見つければ、今度碧に送らせます」
「……あぁ」
この必死さから察するに、向こうとしても礼が出来なければ体裁が保てないとかそういう話だろうな。ついでに、娘と俺との繋がりを保てそうな提案が来たので更に喜んでいるんだろう。
「一つ、聞いてもよろしいですか」
話が纏まった時、男が声を出した。
「何だ?」
「貴方は、何の為に陰陽師になったのでしょうか?」
何の為に、という問いにはシンプルな答えを持っている。
「強くなる為だ」
「……分かりました。斯様な問いに答えて頂き、ありがとうございます」
男は納得したというよりも、これ以上食い下がることを避けたように見えた。
「では、またお会いしましょう」
「今度こそ、礼をさせて頂きます」
「あぁ、また」
俺は短く答え、三人の横を通り抜けようとする。だが、途中で張り上げられた声に足を止めた。
「あの、杏ちゃんと遊びましょう! また、いつかで良いので!」
「まぁ、ままごとじゃなければな」
「はいっ! 約束ですからね!」
漸く笑った碧に、俺は手を振ってその場を去った。