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ぼくのかみさま

 文辻陽能は、気付けば緑に囲まれた空間に立っていた。草木が生い茂り、山の麓にあると思しきその洞穴は……彼にとっても記憶に深く残っている、重要な場所だった。



「――――丁度良かったです」



 洞穴の奥、古びた祠の前に少女が立っていた。白い神聖な衣に身を包んだ瑞々しい肌の少女は、陽能を見ると微笑む。


「神様」


 陽能は愕然とそう返した。


「えぇ、神様ですよ。貴方の」


「……神様」


 まだ実感できていない様子の陽能は、ぼんやりと片手を伸ばした。


「こら、不躾ですよ」


 少女はその手を掴み、下に下ろした。陽能は少女の顔を見て、漸くさっきまでの記憶を思い出した。


「……そうか。そういう、ことか……」


 陽能は納得したように笑い、俯いた。


「僕、死んだんだ」


 老日勇に殺された。この場所に居るということは、そういうことだろう。


「えぇ、そうです。貴方は白龍の爪に体を貫かれ、息絶えました」


「……そっか。でも、最後にこの機会があって良かったよ」


 陽能は背筋を伸ばし、姿勢を正して少女を見た。


「今まで、ありがとう。僕がやったことなんて、ただの気まぐれみたいなものだけど……君がくれた力は僕を救ってくれたし、君がくれたチャンスは僕を成長させてくれた」


 洞穴の中にあるこの古びた祠は、誰にも見つからぬまま長い年月が過ぎてしまっていた。だが、偶然それを見つけた陽能は気まぐれにそこを掃除し、祠に絡み付く草木も根気強く取り除いてやった。

 すると、そこから現れた小さな神様に頼まれてそこに繋がる道と、洞穴の入り口を覆い隠していた蔦も退けた陽能は、それから何度もその祠を訪れることになった。


「だから、ありがとう」


「どういたしまして」


 にこりと微笑んで言う少女。陽能はそれでもう満足し、洞穴の外を見た。


「ここを出たら成仏……とか、だったりします?」


「えぇと、さっきから思っていたんですが……別に、蘇れない訳じゃないですからね?」


 その神の言葉に、陽能はえっと声を上げた。


「貴方は結界内で死に、その効力によって蘇ります。心配しなくとも、第二の人生はまだ続きますよ?」


「だって、神様の下に来るとか……そんなの、そういうことかと思うじゃん……」


 陽能は赤面し、出口の方を向いたまま少女の顔を見ようとしなかった。


「……貴方は、幸せですか?」


 背後から投げかけられた、突然のその問いに陽能は表情を戻し、振り返る。


「そうだね……色々と忙しかったし、今度の人生こそはって思いで……本当の意味では、幸せじゃ無かったかも知れない」


 なにかに駆られるように、陽能は強さを求め、誰かの上に立つことを……というか、誰かに劣ることを恐れていた。その思いのまま突っ走っていた陽能は、幸せでは無かったのかも知れない。


「だけど、寝ているだけの人生よりはマシだし……今はもう、そういう焦りとかも無いと思う。前世の分まで取り戻そう、みたいな……そういう考えで生きることは、もうしないし」


「……本当に、すみません」


 謝罪した少女に、陽能は首を傾げた。


「あの時の私に貴方を救える力があれば……今世で苦しみを味わうことも、前世で無念に死ぬことも無かった筈です」


「そんなの、神様のせいじゃない。病気で死んだのはどうしょうもないし、今世については自業自得の部分が大きすぎる」


 元はそれなりに力を持つ存在だった彼女も、忘れ去られ、祈られることも無くなり、幾つかあった神社も何故か崩れてこの小さな祠まで追いやられていたのだ。


 故に、その時に唯一の信徒であった陽能すらも彼女には救うことが出来なかった。


「それでも、と思わずには居られません。貴方の心が闇に呑まれてしまいそうになる度に、私は……」


「っ、それはごめん……」


 陽能は、これまでも強くなるために、自分の心を守る為に、暗い考えに傾いたことが幾度もあった。誰かを見下すことを心の安寧としてしまっていた。


「でも、もう……大丈夫だから」


「はい、信じます。それで、偶にお参りでもしに来てくれれば……文句無しです」


 冗談めかすように笑って言う少女に、陽能も笑って頷いた。


「行くよ。週六くらいで」


「ふふ、そこまでは求めてません。これでも、ちょっとは力を取り戻したんですから」


 胸を張って言う少女に、陽能は思わず頭を撫でたい衝動に駆られた。


「む、私の方が歳上ですからね」


「はは、見た目より上って意味なら僕と同じだろう?」


 言いつつも、伸ばされた手に身を任せた少女は……暫くしてから、口を開いた。


「それで、あの……」


「ん?」


 僅かに言い淀んだ後、覚悟を決めたように少女は口を開いた。


「もしよければ……本格的に、私の信徒になってくれませんか?」


「本格的にって言うのは?」


「……今の私には、頼れる者が殆ど居りません。一緒に頑張ったお陰で、あれから沢山の方が祠を訪れてくれるようになりましたが、巫女も誰も居ない私に出来ることはそう多くありません」


「その言い方からして、何か手伝って欲しいことがあるのかな?」


 こくりと、少女は頷いた。


「少し、不安があるんです。なので、貴方さえ良ければ……勿論、私の力もある程度は扱えるようになる筈です。自前の力では無い分、自由自在とはいかないと思いますが」


「勿論、良いよ。そもそも、元から信徒のつもりだったし……この人生も、君のお陰であるものだから」


 陽能は躊躇することも無く、少女の願いを受け入れた。

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