転生者
大体、まだ手札はあるんだ。一度挫かれたくらいで、諦めるには速すぎる。陽能は決意を固めつつも、冷静に自分の手札を頭に思い浮かべた。
(……いける)
白龍は師である善也ですらも殺せるか怪しい、というか絶対に殺せないであろう怪物だ。その鱗の硬さは兎も角、あの図体は殺すに難しく、その上に陽能も良く知る神力を操る以上、狙うのは不毛だと結論付けた。
だが、そんな白龍も弱点がある。この時点で、陽能は二つの弱点を見つけていた。
(一つ、アイツは僕らを試している。僕達が全てを出し切るまで、積極的に殺しに来ることは無い)
それは、殆ど歯が立っていない式神達が未だに殺されていないことが証明だった。
(二つ、アイツは主である老日勇を絶対に守り抜くプライドがある。多少の傷どころか、触れることすら許さない筈だ)
その弱点は、白龍に隙を生み出すチャンスになり得る物だった。
(導き出される攻略法。それは、弱い攻撃で老日を襲い続け……それを防ぐ為に白龍が隙を見せた瞬間、老日勇を狙う)
問題が幾つかあることは、陽能も分かっていた。第一に、白龍が隙を見せるかは分からない。弱い攻撃を完璧に老日に触れさせず、且つ隙も見せない可能性がある。それに、その一瞬だけで老日を殺せるかは怪しい所だ。
(だけど、あの戦闘術式とか言う奴は……思考まで読み取れる訳じゃないってのは、間違いない)
それは、さっきの試合で分かったことだ。この作戦自体は、バレていない。そして、老日が現在進行形で油断していることは疑いようのない事実だ。障壁も結界も張らず、龍の下で棒立ち。はっきり言って、舐め腐っているとしか思えない。
老日には、隙がある。思考を読めない以上、戦闘術式ですら反応出来ない速度で、襲い掛かれば殺せる筈だ。そして、陽能にはその為の手札がある。
(白龍にさえ、隙を生み出せれば……勝機は、十分にある)
陽能は確信と共に、頷いた。
『一旦戻って。それから、延々と攻撃を仕掛ける。威力は低くても良い。兎に角、相手の術者を狙って攻撃し続ける』
念話によって伝えられた内容は、天式によって傍受されては居たが、それを予測していた陽能は作戦の狙いについてまでは教えなかった。
「了解です、陽能様」
「『聖雷球』」
楊心は陽能の隣に帰って言葉を伝え、陽王は返事の代わりに無数の雷の球を周囲に浮かび上がらせた。
「ほう、漸くいじけているのを辞めたか……ならば、その力を示して見せよ! 技をッ! 智略をッ! 勇猛をッ!」
「行くよッ!!」
楊心がその身から、毛の一本一本から妖炎を放ち、数千と飛ぶ小さな炎の針達は、老日勇へと狙いを付ける。更に、その背後から陽王の放った雷の球が老日へと押し寄せる。
「ククッ、なるほどな! 小賢しいことをしてくれるッ!」
白龍が老日を守るという習性を理解した上での、術者狙い。殺到する炎の針と雷球に、白龍は更に口角を上げた。
「守り切れないか?」
「クハハッ、舐めないで頂きたいッ! 我が王よッ!」
白龍がぐるりと老日の回りを一周すると、それだけで凄まじい暴風が吹き荒れ、炎の針を掻き消し、雷の球はその身で全てを潰してしまう。
「『雹濡零陣』」
陽能が式符を一枚空に放り投げる。すると、それは陽能の背後で雪の結晶のような模様の陣となり、そこに更なる霊力を注ぎ込まれた陣はその大きさを何十倍と増す。
「呼吸の隙すら与えない連撃……幾ら白龍でも、綻びは出来る」
その巨陣から、大量の尖った氷の群れ……氷柱たちが矢継ぎ早に生み出されては放たれて行く。全てが老日を狙う攻撃。だが、このままではさっきの炎の針のように蹴散らされるだけだ。
「『歪空時貫』」
陽能は更に、その陣自体に陰陽道の術を付与した。それにより、氷の群れは物理法則を無視したかのような動きで空間を高速で飛翔し、吹き荒れた霊力の風すらも貫いて老日に迫った。
「『魔性霊砕域』」
白龍が術を唱える。すると、老日に触れようとしていた氷柱はそこに続く無数の氷柱たちと共にその身を構成していた霊力を分解され、キラキラと小さな粒子に砕け散った。
「さぁ、どうするッ! 結束力の弱い細かな術など、粉微塵に砕け散ってしまうぞ?」
「僕を舐めるな。これでも、土御門家に教えを乞うた身分だッ!」
白龍の術の領域内に入り込んだ陽能は、空間を支配する術を見極め……その手に握る陽剣を一文字に振るった。すると、
「魔力を利用する、霊力を殺す術……でも、破魔の力を持つこの刀なら、斬ることは簡単だ。その術を把握し、捉えることさえ出来れば」
「クハハッ、面白いッ!! 我が術を一つ破るとは、見事だ!」
「お前の術じゃなくて、俺が作った術だぞ」
笑う龍と叱る男を横目に、陽能は龍の身体が埋め尽くす空中を跳び、老日の真上で空間を斬り付けた。
「むッ」
「『霊法転移の空痕より、開け門』」
主の頭上を跳ぶ不届き者に爪を伸ばすが、陽能は転移によって逃れ、そして空間に付けた傷を意識して術を起動した。
「『夢幻乱胡蝶』」
開いた門から、直接術を送り込む。空間の穴から大量に溢れ出すのは、ピンク色に光り輝く霊力の蝶々。それらは白龍から零れ出す膨大な霊力を吸い込んでは、二つに分かれて増えていく。ひらひらと、ひらひらと。