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折れた心

 白龍の体から、霊力が迸る。それは風となり、周囲を渦巻く紫炎を巻き込んで消え、それは土となり、炎と雷を防ぎ、それは霊力のまま、飛来する霊槍を弾いた。


「ッ、これだけの霊力を込めても、足りない……!?」


 驚愕する陽能を、白龍は鼻で笑う。


「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ、だ。小僧」


「お前よりは年上だぞ、白龍」


 突っ込む老日。その言葉に陽能は、目の前の圧倒的な威圧感を放つ存在が本当に作られた存在であると察した。


「本当に、本当にこんなのを……お前が、造ったのか?」


「そう言ってるだろ」


 ふざけるな。陽能はそう言ってやりたかった。だが、その言葉を今度は押し留め……紅と橙で彩られた刀、滅魔陽凰剣を構えた。


「飛び道具が効かないボスなら……直接攻撃がセオリーだ!」


 陽能の姿がその場から掻き消えた。転移ではない。音速すらも飛び越え、陽能は一瞬にして白龍の眼前に到達した。


「斬る」


「斬れん。お前では」


 陽能の刀は、確かに白龍の鼻筋を断ち切った筈だった。だが、その刃は白龍の鱗に傷の一つも付けられていなかった。陽能の刃は、ただ鱗をなぞっただけに終わった。


「な……な……」


「もっと刀と身体の扱いを学んで来い。でなければ、龍の鱗など斬れる筈もない」


 白龍の鱗は、真の意味での龍の鱗だ。老日が異世界で殺してきた龍の鱗の一つ一つを貼り付け、幾つもの龍の心臓を埋め込まれた白龍は、龍の素材の真の力……いや、元の力すら遥かに超える神秘の守りを発揮していた。

 そして、景武者が老日の指一本を素材としていたのに対し……白龍は老日の腕や血を幾つも放り込まれて作られた怪物だ。その力は、純粋な肉体強度としても向こうの世界の龍を凌駕していた。


「ぼく、は……僕、は……」


「『夜祓陽剣』」


 心が折れたように龍の前で膝を突く陽能の横を、六つ腕の鬼神が通り抜けて行った。その身で抑えきれぬ憤怒を現す黄金の像は、黄金色に燃え盛る剣を白龍へと振り下ろした。


「ククッ、式神の方がまだマシな剣筋だな?」


「ッ!」


 白龍はその腕を振り上げ、長い爪で剣を弾いた。だが、像は諦めることなく、その手に持った祭具を白龍に伸ばした。


「『聖仙骨刃(ダディーチャ)』」


「良いぞッ、もっと見せてみよ! 試すことこそ、我が存在意義! 試練こそが龍ッ、我を打ち倒せば使い切れぬほどの黄金をくれてやろうッ!!」


 祭具から伸びた骨の刃を爪で受け止め、高まったテンションのまま叫ぶ龍。


「『雷神炎槌』『陽王槍』」


 白雷と金炎を纏う巨槌、太陽の如く輝き燃える槍、それらが龍へと向かい、またも爪に弾かれる。だが、その頭上から妖狐が巨大な紫焔の球体を無数に連れ立って現れた。


「漸く見つけた私の道を阻むなッ! 邪龍めッ!!」


 百を超える火球の群れ、それを見上げて龍はまた嗤った。


「ククッ、如何にも体が大きいものでな。邪魔ならば乗り越えて見せよ!」


 龍が吼える。その咆哮は、流星の如く空から落ちていた火球の全てを掻き消した。


「……僕、は」


 式神達が戦う、その様を陽能はただ見ていた。


「『冥雷弓』」


「『呪魂炎狐』」


 命を貫く矢が放たれ、魂を呪う炎が狐の姿を借りて襲い掛かり、龍がそれらを消し飛ばす。楽しそうに、圧倒的な強者の力で。


「勝てない、だろ……あんなの、僕は……僕じゃ……寝ていただけの、僕じゃ……」


 陽能は、力なく太陽の剣を握り締める。俯く陽能とは反対に、その輝きは全てを照らし出さんかのように明るい。


「……助けてよ、神様…………」


 言いながらも、情けなくて陽能は涙を流す。ここまで、積み上げて来た筈だった。最上級の結果にやり直せた筈だった。二度目の人生こそは、誰にも負けることは無い筈だった。少なくとも、同じ門人に負けるなんて……本気で考えてはいなかった。


「クハハハッ!! どうだ、その程度か!」


「ぐぅッ!!」


「…………ぁ」


 陽能の隣に、吹き飛んできた妖狐が倒れた。だが、よろめきながらも立ち上がり、龍へと挑んでいく。自分の為に。


「……神、様…………顔見せ、出来ないな…………このままじゃ」


 陽能は、俯いていた顔に笑みを浮かべた。


「やってやる」


 病に伏し、若くして死んだ前世。誰からも憐れまれ、神には与えられた。所謂チートは無かったが、前世の記憶は引き継いだ。


「今度は、諦めない」


 病魔を前に生きることを諦めた前世。だが、今度こそは。陽能は太陽の剣を強く握り、持ちうる全てを賭して試練を乗り越えることを誓った。

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