二人の師
四尾の妖狐と、霊力を溢れさせた陽能。相対するのは、景武者と老日。
「二対二も面白いでしょう?」
「そんな戦い方で良いのか?」
決勝であると言うのに最後の式神も召喚しようとしない陽能に老日は言うが、逆に眉を顰められた。
「貴方が言いますか? それ」
「俺は目的が違うからな。アンタは、勝ちたいんだろ」
陽能の持つ勝利への渇望を見透かして、老日は言った。
「……勿論。ここに立っている以上、優勝の座は貰うつもりですよ」
「だったら、手を抜くのは止めたらどうだ?」
そう言いながらも目の前で手を抜き続ける相手を睨み、だが陽能は最後の式神が眠る式札へと霊力を吹き込んだ。
「『式神召喚』」
その式符から漏れ出した気配に、老日が眉を顰める。
「『金煌夜遮陽王』」
それは、偉大なる明王の音を借りた途轍もない力を持つ式神。光り輝く黄金の体に、剣や槍や弓矢を持ち、黄金の祭具のようなを握る六つ腕。
その体は所々が黄金色の炎に包まれており、背後に浮かぶ黄金の輪にも、燃え盛る金焔が宿っている。それは正に煌めく太陽のようで、陽王に後光が差しているかのように見えた。
「……想像以上だ」
陽能の装束は天式による情報解析も遮断することが出来るような特注品。故にその中に隠された式符を解析することは出来ずに居た老日だが、こうして現れた仏尊の如き姿の式神に内心では驚いていた。
「あはは、どうですか!? 流石に驚いたでしょう! 貴方の最後の一体、これを超えられますか!?」
「それは、見てからのお楽しみだ」
尚も不敵に言い切った老日に、ちくりと陽能の心を不快感が襲うが、それを表情に出すことは無く陽能は指先を景武者に向ける。
「さぁ、適応と再生の式神……それでどこまで耐えられるか、試してあげますよ」
「頼んだ」
「……御意」
景武者は降りかかる理不尽に顔を伏せるも、忠誠心を思い起こして刀を構えることにした。
光弾と刃の舞う戦場を見下ろすのは、蘆屋干炉。そして、土御門善也だ。賭けと約束をしていた二人は並んでその戦いを眺めていた。
「ハハッ、凄いぞほら! 圧倒的だな!」
興奮したように叫び、干炉の顔を覗き見る善也。その下では、景武者が一人で二体の式神と陽能を相手に抗っている。一応は老日に強化の術を掛けられ、杏や碧の術、そして目の前の相手の術を再現しながら戦うも、流石に押されている。
「しかも、まだ本気を出してないんだぞ! 陽能も式神も!」
金煌夜遮陽王から放たれる光弾。それらは景武者に触れると爆発するが、既に適応されたのかダメージが入っているようには見えない。だが、そこに続く妖狐の術が足元から景武者を縛り付け、陽能の霊術の刃が避けようとした景武者の腕を斬り飛ばす。
「なぁ、聞いてるか!?」
「あー、うん。聞こえてる聞こえてる」
顔を近付ける善也に、干炉は鬱陶しそうに言った。
「どうかな。中々やるだろ、俺の弟子も」
「まぁ、そうだね……実際、僕も驚いたよ。アレなら、並みの陰陽師相手にはもう勝てるんじゃない?」
霊力だけが怪物だという認識を持っていた干炉だが、今回でそれも切り替えることにした。文辻陽能は、術も十分に扱える。あの式神も、中々のものだ。
「だよなっ! 流石に俺には勝てないと思うけど、門人同士の対決じゃ負ける訳が無いってくらいには強いし」
「……」
干炉は訝しむような目で善也を見た。干炉の見立てでは、一子相伝の切り札を使わない限り、善也が勝てるかは五分と言ったところだった。
「もしかしたら、干炉も負けるんじゃないか?」
「君が勝てるのに、僕が負ける訳が無いでしょ。あと、下の名前呼ばないでね」
はっきりと言い切った干炉になにか言い返してやろうとした善也だが、今までの試合や功績から見ても善也が干炉に勝てる要素は無かった。強いて言うなら、陰陽師には不要な腕力と、生まれた時から決まっている家柄くらいの物である。
だが、それを言うことの見苦しさまでは流石の善也も分かっていた。
「……干炉の弟子、ここから巻き返せるのか?」
「さぁ、見てれば? あと、次干炉って呼んだら無視するよ」
まだ余裕を見せる干炉の態度に善也は唸り、殆ど勝敗の決している戦場を見下ろした。景武者は粉々に砕かれ、その破片が霊力に吸い寄せられて一か所に集められていく。
「おぉ、二体目倒したみたいだよ」
そして、砕かれた景武者の破片は黒い球体に呑み込まれて消えた。厄介な式神が倒れ、喜んだ善也はまた干炉の方を見るが、寧ろ干炉は笑っていた。
「干……蘆屋?」
「僕も本気の実戦を見るのは初めてだからさ」
にやりとした笑みは、期待と興奮が滲んでいた。
「いや、本気を出せると良いんだけど……無理だろうね」
「えーっと、何の話だよ?」
今まではつんけんとしていた蘆屋だが、その問いには機嫌よく答えた。
「――――龍の話さ」
広大な戦場の上空を、巨大な白い影が覆い尽くした。