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異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。  作者: 暁月ライト


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門人試合、五試合目。

 門人試合は、異様な形の最終試合を迎えた。十二歳という出場可能な最低年齢で勝ち進んだ文辻陽能と、同じく初出場であるハンターの老日勇。

 だが、その師を見れば寧ろ自然とも言えるような状況だろう。


「西、文辻陽能! 東、老日勇!」


 土御門善也を師に持つ陽能と、蘆屋干炉を師に持つ老日。安倍晴明と蘆屋道満の、平安からの因縁がここまで続いているのか。運命的とも言える相対は、観ている者達も、審判でさえも何か思わずには居られなかった。


「両者、用意……始め!」


 向かい合う両者。陽能は年相応の可愛さはあるものの凡庸な顔立ちで、老日はその顔を仮面で覆われている。


「何というか、凄まじいな……!」

「これが、安倍と蘆屋の弟子対決か。相応しい異様さかも知れぬ」

「どちらも、子孫では無いがな。だが、その名を背負うに値する力があることは確かだ」


 しかし、容姿等よりも大事な実力が備わっていることを既に観ている者達は知っていた。それを素直に認められる者がこれだけ居るのは、他ならぬ天明の警告によるものが大きいだろう。


「まさか、ここまで上がって来るとは思いませんでした」


 握手の際は何も言わなかった陽能だが、試合が始まると同時に語りかけてきた。


「初出場の元ハンター、それも一級や二級ですらない素人が……決勝まで上がって来るなんて、観ている人達の誰も予想していなかったんじゃないですか?」


「そうかも知れないな」


 どうでも良い話だが、と老日は心の中で付け加えた。自分が優勝候補だろうが、ダークホースだろうが、彼にとっては関係ない。その目的は、術の蒐集というそれ一つに尽きるからだ。


「私も、同じ初出場の身ではありますが……研鑽自体はずっと積んで来ました。鍛錬を欠かすこともありませんでした」


 陽能が、式符を懐から取り出した。それを見て、老日も式符を取り出す。


「『式神召喚』」


「『式神召喚』」


 そこまでに幾度か破れて来た筋骨隆々の鬼が老日の前に、そして……


「『紅葬赦蓮威(こうそうしゃれんい)』」


 燃え盛る体を持つ、巨大な熊が現れた。その体躯は鬼よりも大きく、鋼の如き真っ赤な肉体は、同じく赤々とした炎で覆われている。


「相手の罪を燃やす熊です。殺した命の数に応じて、その炎は威勢を増す……中々、良く出来ているでしょう?」


「戦闘術式、天式」


 老日は答える代わりに、天式を展開した。同時に凄まじい量の情報が駆け巡り、術式内で解析されては老日に流れ込んでいく。


「先ずは、式神同士でバトルとでも行くか?」


「構いませんよ」


 陽能の見立てでは、自分の式神である熊の方が、老日の鬼よりも勝っている。それは、ここまでの試合を見てきて判断した事実だ。

 同時に、老日も熊が勝るだろうと考えていた。だが、老日にとってはここの勝ち負けは重要ではない。それに、自分があの熊と戦えば結果は見えている。その前に、まともに熊が戦う姿を見ておきたかったのだ。


「行け、赤熊」


「そのまんまだな」


 あんまりな呼び名に思わず老日が口を挟むが、関係なく紅葬赦蓮威……赤い熊は鬼に飛び掛かった。振るわれる炎爪を鬼は回避し、老日の方を見やる。


「好きに戦って良いぞ」


「ォォォォオオオオッッ!!!」


 許可が出た瞬間、鬼は心の臓まで震わせるような咆哮を上げ、目の前の熊へと手を伸ばした。


「グゥゥゥッ!!」


「ォォォオオオオオッッ!!」


 爪を再び振り下ろそうとする熊。その腕を鬼が掴み、ジュゥゥゥゥっと焼けるような音が響き、鬼の手の平から熱い煙が上がる。


「グゥゥゥッ!?」


「ォォォオオオオオオッッ!!!」


 罪を燃やす炎。だが、生まれて実戦を積んだのはこの門人試合が初である鬼に、燃え尽きてしまう程の罪は無かった。つまり、ただの炎熱と膂力での勝負になる。


「ォォオオオオッ!」


「グゥゥッ!」


 腕を抑えたまま膝蹴りを叩き込む鬼に、熊は睨み付けながら後退り、腕を振りほどいて距離を取った。


「赤熊。恐れるなッ! 殴り合いで負けることはない!」


 熊は主の声を聞き、ぐぐっと唸った後に再び駆け出した。そこに襲い掛かる鬼の回し蹴りを熊は片腕で防ぎ、鬼の胴体に余った片腕で拳を叩き込む。


「ォォッ!」


「グゥゥッ!!」


 その拳をクロスした腕で防いだ鬼だが、それでもダメージが貫通する程に熊の一撃は威力が高く、鬼の腕にはくっきりと焼け付いた痕があった。


「グゥゥッ、グゥゥゥッ!!」


「ォォォォォオオオオオッ!!」


 連撃で迫る熊。爪を振り下ろし、避けられても再び振るう。避けられなくなった鬼が自身の腕で爪を防ぐと、燃える爪は鬼の腕に突き刺さり、血を噴き出させた。


「グゥゥゥッ!!」


「ォォォォオオオオッ!!」


 その腕に熊は思い切り噛みつき、牙から燃える炎で焼きながら鬼の腕を食い千切った。だが、それに怯むことなく鬼は熊の頭を思い切り殴りつけ、よろめいたところを蹴り飛ばす。


「グゥゥゥ……ッ!」


「ォォォォ……ッ!!」


 距離が空き、睨み合う両者。先に駆け出したのは熊。理由は食い千切った筈の鬼の腕が既に半分程再生していたからだ。

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