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勝つ為の方法

 景武者は解析の後、その事実に気付いた。


(……犬神は、まだ本気を出していない?)


「ふふ、安心しなさい。貴方の危惧することは起きないわ」


 景武者の内心を読み取ったのか、杏はそう口にした。


「ただ勝つ為だけにこの子を呪いに呑ませる気は無いの。例え、巻き戻ると言ってもね」


「……そうか」


 景武者は刀を構えなおし、一瞬だけ目を開くと、杏と犬神を視界に収めた。


(本来恨むべき相手である示出家の配下となることを受け入れたのは、この少女の慈愛故か)


 頭のおかしな戦闘狂くらいに考えていた景武者は評価を訂正した。目の前の相手は怪物では無く、人並みの心を持った人間であると。


(犬神は本気を出すと見た方が良いな)


 だからこそ、冷静に景武者は判断した。そこに絆が無ければ、犬神は最初から本気で潰しにかかっていただろう。だが、そこに絆があるからこそ……犬神は最後には本気を出す筈だ。


「つまり、ここが最大の隙という訳だな」


 そう呟いた瞬間、景武者の左右から妖刀と犬神が襲い掛かる。同時では無く、僅かに呼吸をズラした連携は却って回避の余裕を無くしていた。


「ッ!」


 完璧な動作での対処。相手の力と動きを把握し、例え理想的な動きをしたとしても、腕一本を犠牲にすることは避けられなかった。回避した筈の犬神の爪も、その衝撃波だけで景武者の体に無数の傷を付け、地面を大きく抉り取った。


 だが、それによって出来た時間で術を発動することが出来る。


「『清流霊屠』」


「そう何度も通じはしないわ」


「ウォォゥッ!」


 溢れ出した浄化の水流を、杏は霊力を妖刀に纏わせて斬り裂いた。更に、犬神はその水流を飛び越えて頭上から襲い掛かって来る。


(でも、これで良い)


 術を攻略されたかに見えたが、景武者はその状況に全く焦りは見せなかった。


「『十錬鉄打』」


「ゥォオッ!?」


「ッ!」


 杏と犬神の攻撃が景武者に届くまでの時間は離れている。完全に別個の攻撃として対処できる程度には。故に、景武者は冷静に頭上の犬神に刃を振るい、爪を振るおうとしていたその片足を斬り落とした。

 続けて迫る杏の妖刀も、振り下ろした刃で受け流し、そして……大地を思い切り蹴った。


「なッ!?」


 大跳躍。その後、幾度も空を蹴って立ち込める暗雲そのものにまで近付いた景武者は、軽く刃を振るった。


「呪術による強化、その中でも効果の大きいその術は……この暗雲を斬り裂いてしまえば失われるだろう」


 ギリギリ結界の範囲内だった暗雲、景武者は運が良かったとだけ考えているが、その位置にあったのは杏が公平性を求めてのことである。

 だが、杏としてもただで強化を打ち切られて終わりにする気は無かった。


「転移の術も飛翔の術も使えず、空へ跳んだということの意味……分かってらっしゃるかしら?」


 それは、大きな隙を晒すということに他ならない。通常、空中は最も動きづらい空間の一つだ。常人であれば落ちることしか出来ず、戦士であっても精々空を蹴って移動は出来るというくらいだ。

 そして、景武者もその戦士の範疇に近かった。霊力によって足場を作ると言ったことは出来るが、それでも地上程は動けない。翼を持つ杏とは違うのだ。


「当然だ」


 だが、そんなことは景武者自身も気付いている。故に、対処法も最初から用意している。


(これで、良し)


 落下の途中、目の前に転移してきた杏。だが、それと同時に景武者の体から青白い霊力の光が溢れ出す。


「まさか――――」


 直後、爆ぜた。破片手榴弾の如く、景武者の鎧がバラバラに砕けてステージの端から端まで散る。


「ッ、無茶苦茶ね……!」


 咄嗟に転移で逃れた杏だったが、空中から降り落ちて来る欠片達を見上げて睨む。


「落ちるまでに、どうにかするしかないわ」


「ウオゥッ!」


 ここが、最後のチャンスだ。重要な強化の術が途切れた杏はそう判断していた。とは言え、あれらを全て斬っても意味は無い。また細かくなった欠片から……いや、だとしたら何故粉々になっていない? 欠片の数は百と少し程度。やろうと思えばもっとバラバラにも出来た筈だ。


 それをしない理由、それは……


「私は斬るわ。貴方は食らいなさい」


 分からない、考えている暇も無い。だが、理由があるのは確かな筈だ。そう考えて杏は犬神と共に空から落ちて来る欠片の全てを斬り裂き、噛み砕いてやることにした。


「誘那! 飛ばし続けなさいッ!」


 一秒間に十回以上の転移を繰り返す。その度に欠片を斬り、小さくなった欠片はまた下に落ちていく。その途中で、杏は気付いた。


「ッ、いつの間に……!」


 空中から猛スピードで落ちて来るのは、既に全身が再生した姿の景武者だ。


「落ちて来るものから対処する、それは当然だ。故に、僕は……本命の欠片を寧ろ空中に打ち上げた」


 何とかギリギリで一太刀浴びせようとするも防がれ、地面に降り立った景武者は悠然と告げた。


 空中で完全に再生した後は、空よりも重い結界を蹴りつけて地上まで帰還する。態々派手に霊力の爆発を巻き起こしたのも、霊力を撒き散らすことで、上空で再生していることに気付かれない為だ。


「……ふふ、侮っていたわ。まさか、ここまで成長するなんてね」


「光栄だ」


 景武者の中にあるのは、二択だ。杏を殺すか、犬神を殺すか。前者は手古摺れば犬神が本気形態となり、後者は耐久力と身体能力の観点から時間がかかり、難易度が高い。


(前者だ)


 景武者は、さっきの自爆によって更なる成長を遂げていた。それは、強化の無い状態の示出杏を即殺するに値する。


「術は、今ここで作り出す」


「何かする気?」


 霊力も、殆ど使い切る。ここが全てだ。


「『霊爆閃』」


「ッ!」


 景武者の肉体から青白い霊力が網膜を焼く程の光を放つ。さっきとは比較にならない程の霊力の高まり、引き起こされるは爆発。それは同時に景武者の体を凄まじい速度で弾き出し……


「ふ――――」


 上半身だけになった景武者は、提灯による転移も間に合わぬ速度で杏の肉体を左右に両断した。だが、左右に分かれた杏の口は弧を描き、笑みを浮かべていた。


「僕の、勝ちだ」


 バタリと、杏の体が地面に倒れる。それと同時にその体は粉微塵に切り刻まれたようにバラバラと崩れた。


「ウォ――――ッ」


 本来、制御を掛けられていた筈の力が犬神から溢れ、悍ましいほどの呪力が爆発的に広がろうとした瞬間、杏の体と犬神の姿はステージ上から姿を消した。


「全く、最後まで肝が冷える」


「肝を作った覚えは無いぞ」


 漸く歩いて来た老日が、景武者の言葉に返す。景武者はやってきた式神使いの荒い主に跪き、直ぐに刀を鞘に納めた。


「勝利を、主君に」


「あぁ、良く頑張った」


 老日は景武者の頭を撫で、そして式符の中に式神を戻した。


「勝者、老日勇!」


「呪術は中々見れたな……いや、見れたのか?」


 良く考えれば、呪いが効かない性質のせいで呪術はそこまで見れなかった気がする。観客席が凄まじい戦いの終わりにどよめいている中、老日は複雑そうな表情でステージから去って行った。

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