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犬神と式神

 どす黒く染まった獣毛に全身を覆われた巨大な犬。四つ足で歩いても人の背を越し、それに見合う図体を持つ犬神は、ただの式神とは思えない程の呪力を放っていた。


「この子はね、ただの犬神じゃないわ」


 神と付くその名に相応しい威容を放つ犬。景武者はその式神が碧の召喚した水龍を超えている存在であると気付いていた。


「かつて正統な手順で作られ、呪いと霊力を詰め込まれた犬神は……数百年の年月を経て、殆ど妖魔と言えるような存在になったわ」


 犬神という存在だけを再現しただけの物や、三流の術士が作った粗悪な犬神ではない。かつての示出家の術士が、一流の呪術師が作り上げた忖度なしの犬神だ。


「蟲毒の壺からも抜け出したこの子は、妖魔や悪霊の潜む闇の中へと消えて……それから、誰にも見つかることは無かったわ。それは、この子が陰陽師の恐ろしさを理解していたからよ」


 人間に見つからぬように隠れ潜み、悪霊や妖怪を食らってその力を増していった犬神は、最早元の存在からはかけ離れた、進化した存在となった。大抵の陰陽師は噛み砕ける程の力を得てからも、犬神はその姿を現すことは無かった。


「でも、私はこの子を作り出した示出家の一員。だから、見つけ出すことが出来たわ」


「ウゥゥゥ……」


 犬神に手を当て、軽く撫でると、犬神は杏に体を擦り寄せて見せた。


「可愛いでしょう? この子は、私を恨むことも無く差し出した手を取ってくれたの」


 杏は犬神から手を離し、鞘に入れていた妖刀に手をかける。


「さぁ、そろそろ理解したでしょう? (もも)は、私と同じくらい強いわ。力だけなら、私よりもね」


「そうか」


 杏の話を聞いても、景武者は焦ることも臆することも無く、刀を構えた。


「随分、余裕そうね。ここからは四対一よ?」


「数の話をするのであれば、さっきまでよりはマシだろう。それに、訂正させて貰うが」


 景武者は後ろを振り向くこともせず、杏を睨んだまま言う。


「この戦いは、四対二だ」


 天式と接続された状態にある景武者は、堂々と言い切った。


「ふふ、そうみたいね。でも、紐で繋がってるだけで勝てるかしら?」


「試してみれば良かろう」


 一触即発。その空気で満ちたと同時に、二人の姿が消えた。走り出した景武者と、その背後に提灯で転移した杏。

 前門の犬神、後門の杏と挟まれた形になった景武者は、それでも冷静さを保ったままだ。


「全て、見えている」


 前から振り下ろされる鉤爪を刀で受け流し、背後から振るわれる妖刀を紙一重で回避した。景武者の身体能力では、未来でも見えていない限り不可能な芸当を、景武者は実際に熟して見せた。


「……驚いたわ」


「貴様の動きは十分に見た。細胞の一つ一つまで認識し、数秒後の動きまで予測出来る」


「へぇ?」


 杏が挑発的に笑い、その姿を消す。


「これも――――」


 背後。振り向きながら刀を振り上げる景武者。だが、再びその姿が消える。


「――――予測出来ていたかしら?」


 刀を振り下ろしながらの転移。再び背後に現れた杏。景武者は咄嗟に前へと転がって避けようと考えるが、そこへと飛び掛かって来た犬神に行く手を塞がれる。


「ッ!」


「やっぱり」


 犬神の攻撃を受けることは出来ない。あれは一撃必殺で全身を木っ端微塵に砕かれてしまう。景武者は杏に斬られることを選び、何とか姿勢だけをズラして腕を斬り落とされるだけに被害を留めた。


「予測出来ると言っても、認識していると言っても……貴方に見えているのは、飽くまで単純な肉体の動きと、霊力や妖力の動きだけ。思考まで読めてる訳じゃないわ」


「『清流霊屠』」


 景武者は杏の言葉に付き合わず、一先ずは囲まれた状況を打破しようと術を行使した。溢れ出した浄化の水流が杏と犬神を遠ざける。

 霊力は十分以上に余っている。この程度の消費は何でもない。だが、これを繰り返しても勝利は無い。再生した腕を動かしながら、景武者は冷静に思考した。


「二つだ」


 余りにも断片的過ぎるその言葉に杏は首を傾げたが、景武者はそれを補足する気は無かった。


(僕のやるべきことは、二つだ。今のままじゃ、負ける。でも、杏の強化を解除して、犬神の解析を完了させれば、勝てる)


 景武者は先ず、犬神の解析を優先することにした。杏の動きは現状では殆ど予測可能だが、犬神に関してはそうではない。濃密な呪力で満ちた犬神という存在を、そのまま解析し切ることは天式であっても難しい。


 そもそも、天式というのは全知の術ではない。相手の行動に対する受け身の解析能力、もっと言えば、術を知る為の術に過ぎない。

 目の前の敵の隅から隅までを解析出来るような万能の力では無いのだ。


「貴方に勝つ方法は、貴方を詰ませることよ」


「ウォォォゥウッ!!」


 息吐く間もない攻撃を仕掛けてくる犬神と杏。そこに反撃に移る隙は無く、その上少しずつ連携の完成度も上がっているのだ。

 相手も景武者の身体能力を知り、その限界を見極めようとしている。


「ほら、どう?」


「ウオゥッ!!」


「ッ!」


 幾ら動きを予測しようが、回避不能な限界。その一手を打たれた時が、景武者の負ける時だ。それまでに勝たなければならない。


「『呪泥沼(じゅでいしょう)』」


 杏が仕掛けた。景武者の足元が呪いに満ちた泥沼と化し、そこに景武者の足は囚われる。本来ならば沈めて必勝の術だが、今は単純に動きを鈍らせる術として行使された。


「『縛霊断』」


「ッ」


 だが、その時を景武者は待っていた。完全に攻勢に傾く故の隙。杏の使用した術を模倣した景武者は、背後から振り下ろされる妖刀を自身の刀で弾いた。

 術の纏われていた刀は、杏の妖刀を霊力によって縛り付け、一時的にその場に固定した。


 景武者に睨み付けられ、その刀が動くのを見た杏は提灯によってその場から逃れる。だが、景武者の狙いは杏では無かった。


「ウォオオオオォゥゥッッ!!」


 背後から振り下ろされる凶爪。足が泥沼に囚われている今、回避は間に合わない。後ろからという状況的に、受け流すことも弾くことも難しいだろう。


(解は、これだけだ)


 景武者は前に倒れながら、刀で首元から自身の上半身を斜めに斬り飛ばした。直後、振り下ろされる爪はその上半身に触れ、たった一撃で粉々に破壊する。


 だが、景武者はその動きを止めない。頭の無い筈の景武者は、まるで全てが見えているかのように振り向きながら目と鼻の先で大口を開いて噛み砕こうとする犬神を斬り上げた。


「ウォゥッ!?」


「痛み分けでは、無いぞ」


 顔に線を入れられ、面食らって仰け反った犬神を前に、頭まで再生した景武者がその声を口にする。


「先ず、一つだ」


 天式から凄まじい量の情報が流れ込んで来る。それは、血を噴き出した犬神が原因だ。敵を直接斬り付け、その体内に刃を侵入させ、血を吸った景武者は……接続された天式は、そこから大量の情報を取得した。


「もう、貴様の動きも見えるぞ。犬神」


 そう言って、景武者は笠の下で目を瞑る。正確には、視覚を遮断する。景武者は天式から得られる情報だけに意識を集中させた。

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