杏の園
試合場を埋め尽くす土人形。全てが杏の形をしたそれらは、全てが杏として強化を共有された状態にある。
「……」
迫り来る土人形達を前に、景武者は刀を構えて目を細めた。
「どうしたの? そっちが来ないなら、こっちから行くけれど」
そう言って手を上げる杏。すると、その号令に従って土人形達が動き始める。景武者は眼前まで迫った三体の土人形を斬り、そこに続く無数の土人形達の行く手を塞ぐように霊力を込めた斬撃を放った。
「ぬぅッ!」
前方一帯の土人形達が吹き飛び、原型を留めない程に破壊されるが、その頃には既に景武者の周囲を土人形達が囲っていた。
(やっぱり、僕の力では大群を突破するのは無理がある……!)
土人形達の軍勢を見下ろしながら微笑む杏。そこまで到達する力を、手札を、景武者は持っていなかった。
「いや」
ある筈だ。景武者は自身を取り囲む土人形達を冷静に捉えたまま、意識を集中させた。
(……一度、視た。受けた。解析し、適応した。使えないなんてことは無い。例え式符が無くとも、僕なら再現できる)
景武者が解析し、その体に記録された術式がそこに再現される。景武者が、薙ぎ払うように刀を振るった。
「『清流霊屠』」
その刀身を起点に溢れ出す津波の如き水流。それは間違いなく、十蓮碧がこの門人試合で幾度も使用した術だ。
浄化の力を持った激流は、景武者を囲む土人形達を纏めて呑み込み、ただの土塊へと戻しながら流し去って行く。
「へぇ……その術、そういうこと?」
「はてさて、どうだろうか!」
一気に空間が空いた隙を見逃さず、景武者は地面を蹴って杏の下まで一息に飛び込んだ。
「言ったでしょう?」
景武者の刀が、何故か避けようともしない杏の体を真っ二つに断ち切った。
「貴方が不死身なら、と……」
杏の体が、パラパラと土になって崩れ落ちる。
「ッ、馬鹿な……」
そう口にしながらも、景武者は今起こった事象を正確に把握していた。
「私も不死身よ。この呪われた大地がある限り、ね?」
「ッ!」
振り返りながら刀を振り上げ、杏の妖刀を防ぐ景武者。本来であれば、目の前の敵は更に強大だ。この試合場に留まらず、どこまでも呪いを広げ、土人形を複製することが出来るのだから。
「そう驚かなくても……形代だとか、そういうのを使うのは呪術の得意分野だって、知ってるでしょう?」
「その術の余りの無法さに驚いた、ということだ」
「ふふ、褒め言葉として受け取っておくわ」
「……好きにすれば良い」
軽口を叩いてみた景武者だが、状況は変わらず不利だ。粉々にされようと再生することが可能な景武者だが、粉々にされた後に封印でもされれば流石に終わりだろう。
「ふんッ!」
「残念」
もう一度杏の体を斬り裂いてみる景武者だが、何も意味は無かった。無限に増えられる土人形の一体から蘇って来るだけだ。
(この状況、どうすれば打開できる? 自身と同一の存在としてラインを繋いだ無数の土人形……いや、待て)
景武者は杏の妖刀を避け、その場から飛び退いた。
「解、見つけたり」
既に相手の術は十分過ぎる程に解析し終えている。そして、その弱点も今見つけたところだ。
「『十錬鉄打』」
碧の技である、浄化の力を持つ斬撃。それを直に受けて解析し、再現した景武者は目の前の土人形に向けて全力で刀を振り下ろした。
「くッ!?」
すると、土人形は真っ二つになり……別の場所に居た筈の杏も苦しむように胸を抑える。それどころか、そこら中に溢れていた土人形達は一体も残らず崩れ落ちていた。
「ふふ、まさか……ただの式神にやられるとは思わなかったわ」
「ただの式神等と舐めて貰っては困るな。僕は謂わば、安倍晴明と老日勇の合作だ」
起きた事態を把握し、笑みを浮かべる杏。上手く行ったと安堵しながらも、警戒を怠らずに刀を向ける景武者。
景武者がやったことは単純だ。呪いによってラインが繋がっている土人形達と杏、その全員に呪いのラインを利用して浄化の効果を共有させたのだ。
それによって呪いそのものである土人形は全て崩壊し、呪いの力で満ちている杏も少なからずダメージを負った。
「ふふっ、中々大きく出たわね? 聞く人が聞けば憤慨すること間違いなしだけれど?」
「しかし、事実故」
お互いに正面に立ち、対峙する二人。妖刀と刀がその切っ先で触れ合い、カチンと音を鳴らす。
「このまま斬り合いで優劣を決めても良いけれど……」
その口振りに嫌な予感を覚えた景武者は即座に斬りかかるが、杏は妖刀で刃を受け流し、提灯の光と共にその場から消えた。
「折角だから、最後の式神……見せてあげるわ」
景武者から離れた場所に立つ杏は、見せびらかすようにひらひらと一枚の式符を揺らした。
「『十錬鉄打』」
「『式神召喚』」
式符が宙を舞う。それを斬ろうとした景武者だが、杏の妖刀によってそれは防がれる。浄化の能力を持った攻撃に妖刀の刃は焼けるような悲鳴を上げるが、杏は構わず妖刀で景武者の刀を押し退け、言葉を紡いだ。
「『百』」
景武者には一目で分かった。現れたのは、その身から凄まじい呪力を溢れさせる犬神だ。




