土人形
刀を縛り付けられた景武者は、即座に振るわれる杏の二の太刀を何とか防ごうと手を伸ばすが、その腕をあっさりと斬り落とされる。
「ふふ、妖鬼の力に敵うとでも思った?」
「ぐっ」
杏は微笑みを浮かべたままするりと景武者の懐を擦り抜け、その首を落とした。
「さぁ、貴方はこれでお終い……ッ!」
首の落ちた景武者を背に、こちらへと歩き始めた杏。しかし、何かを察したのか振り向きながら刀を振り上げる。
「察しが良いようだな」
そこには上段から思い切り刀を振り下ろしていた景武者の姿があった。斬り落とされた筈の腕と首は元通りに繋がっており、一切の傷は残っていなかった。
「まるで不死身ね……!」
「それが僕の役割故」
景武者の姿がかき消える。刃が霞のように軌跡を飛ばしながら踊り、横から、下から、上からと息吐く間もなく襲い掛かる。
「それに、さっきより……」
「これだけ打ち合えば、更なる最適化を行うことは難くなし」
杏の妖刀と景武者の刀が触れ合い、擦り合い、ぶつかり合い、弾き合う。だが、その均衡は少しずつ景武者に傾き始めた。
「僕の適応は、何も術に対してだけではない」
「ッ!」
余裕を無くした杏だが、その口元にはまだ笑みが浮かぶ。刀に肩を斬り裂かれ、鮮血を迸らせても、その表情の奥に見える愉悦は変わっていない。
「良いわ。貴方が不死身なら……」
杏の姿が消え、宙に浮かぶ提灯の下に現れる。擦り抜けた刀は地面を斬り、景武者は空中の杏を睨んだ。
「『呪延土洩生』」
杏は提灯と共に下に降りると、式符を一枚地面に貼り付けた。すると、そこに刻まれた術が大地に浸透、侵蝕していき、術式そのものが次々に複製されて地面と融合する。
「面白い術だな」
「あははっ、そうでしょう? 大地の力を吸い取って利用し、無限に増え続ける呪いの土人形……軍事利用は厳禁よ?」
大地のエネルギーを吸い取り、空となった土すらも器として利用する。魔術でもこういった術は幾つもあるが、その殆どが禁術となっていた。
「残念だけど、色付けはまだ出来ていないの」
地面が蠢き、広い試合場から次々に杏とそっくりの土人形たちが現れる。見た目としては形が同じだけの土だが、それが無意味という訳では無いだろう。特に、呪術的な意味では。
「だから、代わりに……」
そう言って、再び空中に戻った杏は式符を掲げる。
「『已巳一心』」
土人形達と杏の全員が一つの線で結ばれたかのように繋がれ、呪術なラインが直接的に繋がった。
「『天陰呪気』」
更に、空に暗雲が立ち込め、陰の気に満ちた地面に立つ杏達全員に呪力による強化がかかった。
「さぁ、私達全員と遊んで下さる?」
「……」
当然、全員が杏と同じ程の力を有している訳では無い。角が生えているのも本体の杏だけだ。とは言っても、雑兵としては中々に面倒なくらいの敵が無制限に湧いて出て来ると言うのは……厄介という他ないだろう。
「頑張れ」
「……御意に」
働かない上司を背に、景武者は一人刀を構えた。