人外の存在
良い物が見れた。予想外だった。文辻陽能よりも、法少耶座母の方が面白い術を見せてくれるとはな。
「占術というよりは、単純に事象の解析ってところか」
法少八咫神。大層な名前だが、それに違わない力は備わっているかも知れない。
「陽能の方は一つも……いや、あの剣だけか」
唯一見れた剣を作り出す術も、突出して珍しい術では無かった。能力としては優秀だが、他にも似たような術自体はある。
「次が……準決勝か」
そして、そろそろ俺の番が来る筈だ。
「老日様。老日勇様」
扉を叩く音がする。どうやら、迎えが来たらしい。
「あぁ」
俺は短く返事をして、部屋を出た。
♢
目の前には、示出杏。これまでの試合では、身体能力で相手を圧倒し、呪力を直接流し込んで倒すというやり方を繰り返していた。術は見れていない。何なら、まだ霊力すら使っていない。
「調子はどうかしら? 勇」
「普通だ」
いつも通りの口調で問いかける杏だが、その言葉からは期待や高揚が滲み出ている。
「そんなに楽しみだったか?」
「ッ、分かる? その通りよ。私は、貴方と戦える瞬間を心待ちにしていたわ……そして、その時が来た」
杏は目の前から更に一歩前へ進み、俺をじろりと舐め回すように見上げた。
「あぁ……良いわ。きっと普通じゃない。その仮面も、本当は……ふふっ」
仮面、気付かれてたのか。まぁ、言い触らされるようなことは無いだろうが。
「さぁ、握手しましょう」
俺は無言で差し伸ばされた手を掴み、検品でもされるかのように触られるのをされるがままにした。
「……凄い。本当に人間なのね」
「どういう意味だ、それは」
俺が眉を顰めて言うと、杏はくすりと笑った。
「だって、こんな私よりも人間離れしてるから……疑いたくもなるでしょう?」
「……理論上は、誰でも到達できる地点でしかない」
少なくとも、肉体的な強さという意味ではな。俺と同じくらい魔物を殺して、俺と同じくらい強敵を倒して、そうすれば良い。俺は五年でここまで到達したんだ。数十年とかければこっちの世界でも俺と並ぶか、超えることだって……もしかすれば、出来るかも知れない。
「理論上なんて言葉は、机上の空論を並べる時にしか使わないわ」
「そうだな」
俺はそう言って、杏から一歩離れた。
「そろそろ、始めるぞ」
「つれないわね」
杏は笑みを浮かべながら俺に背を向けた。
「いつでも」
審判に向けて言う杏。俺も無言で視線を送り、試合の開始を促した。
「それでは……西! 示出杏! 東! 老日勇!」
審判は俺と杏を一瞥ずつ見た後に、中央へと視線を戻して片腕を上げた。
「両者、用意……始め!」
合図が出たというのに、俺と杏はどちらも動くことは無かった。
「あら、どうしたのかしら?」
「いや、そっちが動く気配が無かったからな」
ゆっくりと式符を取り出す杏に、俺も合わせて式符を取り出す。
「ふふ、合わせてくれるの? 優しいのね」
杏は式符を天高く投げ、二本指を自身の口の前に立てた。
「『式神召喚』」
「『式神召喚』」
宙を舞う二枚の式符が風に乗って絡み合い、開戦の狼煙が上がった。