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意に介さぬは

 審判が合図を下す。それと同時に動き出す。耶座母の前に木の式神が現れ立ち、陽能は余裕を見せながらも、修の時とは違い先んじて耶座母へと歩き出した。


「悪いですけど」


 陽能は歩きながら手の平を耶座母とその前に立つ式神に向けた。


「容赦はしませんよ」


 お手柔らかに、という言葉への返答か。そう言いながら霊力の波動を手の平から放つ陽能。凄まじい速度とエネルギーを持ったそれは、式神ごと耶座母を貫こうとして……


「ッ、これに反応出来るんですね」


 人型の木のような式神の胴体がメリメリと分かれ、中心に開いた穴を奔流が通り抜け、耶座母はただ攻撃を見切って回避した。


「ナチュラルに見下すの、止めた方が良いよ?」


「いえ、そういう意図じゃ……ッ!」


 焦って己の発言を弁明しようとする陽能。その足元から木の根が生え、膝辺りまでぐるぐると巻き付いた。


「ここで君と当たってしまった以上、仕方ないからね。僕の役割は、君が何なのかを見極めることに決めた」


 本来、必要最低限の力で門人試合を勝ち抜く予定だった耶座母だが、老日勇に文辻陽能、示出杏と外れ値とも言えるような強者ばかりが揃ってしまったこの門人試合で、耶座母が選んだのはその三人の素性を可能な限り探ることだった。

 中でも、文辻陽能という存在は陰陽師の中でも突然変異的な異常存在だ。ここで当たった以上、本気を出してでもその力の秘密を探ってやろうと耶座母は考えていた。


「『式神召喚』」


 式符が宙を舞う。それを止めようと手の平を向ける陽能だが、足を拘束する木の根が腕まで伸びて陽能の手をズラした。


「くッ」


「『虎食蛇喰(とらはみじゃばみ)』」


 宙を舞う式符の斜め上を霊力の奔流が通り抜け、そして体長数十メートルとあるような巨大な蛇がそこに現れた。


「『排流水生木』」


 耶座母が印を結ぶと、蛇がその大きな口を開いて凄まじい量の水を吐き出す。その水は地面に染み込んでいくとそこかしこから木を生やす。


「『陰行・木連皷』」


 大地から力を吸い取り、成長していく木々は徐々に人型を取り、ポコポコと音が鳴っては木々が動き出す。


「……成程、数ですか」


 根の拘束を取り払った陽能は、広がる木々の軍勢を相手に息を吐いた。


「僕、相手に」


 陽能の体から、霊力が迸る。全方位に、ドーム状に広がっていくその波動は、木々を吹き飛ばし、耶座母すらも呑み込む……かに思えた。


「あははっ、やっぱり君は素人なんだね。年相応で、微笑ましいよ。その霊力量以外はさ」


 そこに立っていたのは余裕そうに両手を広げる耶座母と、その前に並ぶ動く木々達……霊力の波動を受けた筈の彼らは、ダメージを負うどころか寧ろ生気を増しているように見えた。


「まさか……吸ったのか? 僕の霊力を……」


「そのまさかだよ。術の形すら成していないただのエネルギー。来ると分かっていれば簡単さ。エネルギーを吸い取って利用するなんざ初歩の初歩……太陽光発電みたいに、霊力を持たない人間ですら出来ることだ」


 そして、その膨大な霊力を吸った木々が動き出す。


「負けたくなければ、術を見せると良いよ。文辻陽能」


「……そうですか」


 陽能は冷たい表情で僅かに俯き、横に片手を伸ばす。


「『解霊剣』」


 その手に握られたのは、陰陽道によって作られた霊力を解く剣。青白い霊力で構成されたそれは、陽能の力を受けて煌々と輝いている。


「術と霊力と、この身一つで十分ですよ。法少様」


「最早、その驕りを隠す気も無いらしい」


 耶座母は笑い、陽能は嗤う。大自然そのものとも言える木々の軍勢を前に、虎も一口に呑み込める大蛇を前に、陽能は一ミリたりとも自身の勝利を疑っていなかった。


「だったら、僕も最後の式神を召喚しよう」


「そう簡単に行くとでも思ってるんですか?」


 耶座母が式符を宙に投げ、更に手印を結ぶ。それと同時に駆け出す陽能。一歩踏み出すだけで衝撃波が走り、木々の葉が大きく揺れる。

 目の前に次々と現れる木々を薙ぎ払いながら進む陽能。


「『見えるも見えぬも無い。在るがままの全てをただ識っているのみ』」


 だが、その陽能の行道を阻む蛇が現れ、その口からねばねばとした粘着質な液体を吐き出した。進むべき道から降りかかる粘液を見上げ、陽能は立ち止まりその剣を振るった。


「『其れこそが畏れ多くも真を映す御鏡』」


 刃から放たれた斬撃だけで粘液は吹き飛び、中央に開いた道を陽能は突き進む。それでもと食ってかかる蛇の頭を斬り付け、首を両断は出来ずとも、怯んだところを通り抜けられた。


「『八意持ち、常世すら知る神の如く』」


 森の如き敵の群れを抜け、遂に見えた耶座母の姿。陽能は大地を踏みしめ、耶座母の眼前まで一息に跳ぶ。しかし、耶座母の前に立っていた木の式神の体が膨れ上がり、一瞬にして巨木となって陽能の行く手を阻んだ。


「邪魔だっ!」


「『法少八咫神(ほうしょうやたのかみ)』」


 木の式神が真っ二つに斬り裂かれ、上の胴体が地面に滑り落ちる。だが、開けた視界に見えたのは耶座母の後ろに顕現した半透明な神像の姿だった。


「それ、は……?」


 体の半分以上が大地に埋まっている半透明な神像。その手に大きな鏡を持ったそれは、観客席の者達も声を漏らす程の神々しさを放っていた。


「安心して欲しい。これは君に勝つ為の()()じゃなくて、僕の目的を達成する為のただの()()だ」


 そう口にする耶座母の目が、青白く透き通り、その奥に光が現れる。


「さぁ、鏡よ……映し出せ」


「ッ、させる訳ッ!」


 何をしようとしているかは分からない。だが、何か致命的な力であることは間違いない。陽能は焦りながらも、既に目の前に立っている耶座母に向けて霊力の刃を振るった。


「へぇ……」


 耶座母が陽能の攻撃を避けようとする。が、完全な回避は間に合わず片腕が落ちる。しかし、耶座母はそれを意に介した様子も無く、眼の中に映る光を追う。


「何を……ッ」


「あははっ、あはははははッ!」


 神像の持つ鏡に映っているのは、陽能だ。それは、全てを映し出す。真を。現世も常世も関係なく。



「――――転生」



 振り下ろされた刃が耶座母を擦り抜けたが如く両断した。ひとしきり笑い終えた耶座母は、ズレ落ちていく景色の中、陽能を見上げて呟いた。


「ッ!!?」


 陽能の心中を動揺が埋め尽くす。隠し通していた筈の事実が耳を貫き、反芻し、耐えきれず吐き気が込み上げる。


「勝者、文辻陽能ッ!」


 勝利を称える筈のその宣言すらも、陽能の耳には届いていなかった。

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