御両親
老日との試合で敗退した碧は、それから直ぐに観客席の両親の下に向かっていた。既に敗退した者は控え室ではなく、観客席から観戦する決まりとなっているからだ。
「お母様、お父様……申し訳ありません。勝てませんでした」
「普段なら何故負けたと叱っていたところだが、今回に限っては仕方ない」
「えぇ、完全顕現ではないとはいえ……水龍が式神に一刀両断されてしまうとは思いませんでした。寧ろ、碧は良く頑張りましたよ」
先に答えたのは、暗い青髪の男。続けて答えたのは青い長髪の女だ。
「アレは怪物だろう。だが、だからこそ……あの男と少なからず縁を結べたことは重要な事実だ。良いように作用するか悪い方に作用するかは置いておいてな」
「怪物なんて、悪し様に言わないで下さい。彼は私達の可愛い娘を助けてくれたんですから」
「別に、貶すようなつもりで言った訳じゃない。単純な事実として、老日勇は怪物だ。人間の基準に収めることは出来ないという意味でな。寧ろ、俺は褒めている」
男は刀の柄頭に手を当て、ゆっくりと息を漏らす。
「……まさか、この現代に天明を超える陰陽師が現れようとはな」
「ッ、そ、そんなにですか!?」
驚きを口にしたのは碧だ。碧の母も、その評価には驚きを表情に出している。
「今は、という意味なら足元にも及ばないと言っても良い。純粋な陰陽師の腕前としてはな。だが、アイツはこの陰陽道に踏み入ってから半年も経っていない入門者だ。だと言うのに、あの式神を作り出し……そして、まだ全容は見えないが、文辻陽能に匹敵し得る膨大な霊力を持っている」
聞き入る二人をチラリと見ると、男は一息置いてまた口を開いた。
「間違いなく、ヤツは天明を超える。元ハンターと言っていたが、確実にそれ以上のナニカがあるだろうな。あの身のこなしと、お前が引き出した闘気を見れば分かった。五級やそこらで収まるハンターでは確実に無い、と」
「確かに、闘気の扱いも相当長けていそうでしたね」
母が言うと、男は視線を険しくして首を振った。
「相当、どころではない。俺以上だ」
「お、お父さんよりも!?」
男が碧を睨むと、碧はあっと口を手で覆った
「公式な場では気を付けろと言っただろう……まぁ良い、そんなことよりも、あの闘気を引き出した功績の方が大きいからな」
「すみません……気が抜けていました」
「良い。それよりも、良くやった」
「えぇ、十蓮家として十分な働きでしたよ。門人試合での勝利など、次かその次でも良いのです」
二人から頭を撫でられ、碧はようやく綻んだ表情を見せる。
「しかし、老日勇め……何も知らずに人の家の教育方針に口を出すとは」
「本当ですよ。陰陽師として術を扱えなければ軽視されるのは碧なんですから」
ぐちぐちと文句を言う両親に、碧はくすくすと笑みを零した。
♦
舞台の中心で相対するのは、法少耶座母と文辻陽能だ。
「いやぁ、ここまで勝ち上がれるとは思えなかったよ。まさか、君と戦う機会を得られるなんてね」
「こちらこそ光栄です。法少家の令聞は聞いております」
耶座母は陽能の表情に浮かぶ余裕と、その奥に見える嘲りを見透かして笑った。
「とても優秀な占い師、とでも聞いているかな?」
「いえ、その……」
言葉が詰まる陽能に耶座母は握手の為の手を差し伸ばした。
「よろしくね」
「ッ、はい……」
ペースを握られている。その事実に気付きながらも、陽能は手を伸ばした。文辻陽能には築き上げてきたイメージがある。一部の者はその本性に気付いているが、陽能が人当たりの良い純粋な少年であるかのように思っている者も少なくない。
「よろしくお願い致します」
握手をしたまま頭を下げた陽能に、耶座母も小さく頭を下げる。二人は手を離し、所定の位置についた。
(こいつ、ただの占い屋の癖に不気味だ……もう何年も門人試合で負け続けてるって話だけど)
小さくなった耶座母を、陽能は薄く睨み付ける。だが、強さのようなものは伝わって来ないし、武術に関して明るい訳では無い陽能にはその身のこなしというのも察することは出来なかった。
「お手柔らかにね」
ひらひらと手を振って笑う耶座母。陽能は目の前の相手の能力を少しでも思い起こそうとするが、占いの名家であること程度しか情報が無い。
「……まぁ、大丈夫か」
何年も残留しているような雑魚程度に負ける筈がない。結局、陽能はそう判断を下し、内心で嘲るような笑みを浮かべた。




