垣間見えるは新たな時代
ただの門人試合とは思えないような凄まじい内容の試合に、観客席は騒然としていた。
「何なんだ、今のは……」
「あの老日とかいうのもそうだが、那宇原烈にも勝てるか怪しいぞ私は」
「流石に奴は準備に時間を掛けていたからな。だが、あの老日なる男はまだ底も見えん……!」
「本当に大丈夫なのか!? あんな力を持っている男が陰陽師になれば……」
心中に抱える不安を吐露するのは、陰陽師の中でも押し並べて力を持っていない者達だ。門人となったばかりの新参者であるにも関わらず、自分達の実力を超える老日や、元ハンターとしての力を持つ那宇原を恐れているのだ。
「お前ら、何をガクブル震えてるんだ?」
ざわめく陰陽師達の中に土御門天明が歩いて現れる。
「その、あの者を陰陽師とするのは危険かと……」
「そうだ! ハンターなどという秩序を知らぬ者どもを陰陽師にするという考え自体が間違えておるのだ!」
「ふむ。何をもってそう考えた?」
天明が冷静に聞き返すと、いきり立っていた者達は途端に勢いを失った。
「それは……ハンターという魔物を殺すだけの野蛮人を、我ら陰陽師という礼節を重んじる集団に迎え入れると言うのは無理があるのでは、ということです」
「礼節なぞ、教えれば良いだけだろう? お前達とて生まれたその時から礼節を知っていた訳ではあるまい。それに、俺の考えでは陰陽師に礼節なんて要らん。そんなものよりも必要なのは力だ」
「ですが天明様ッ! 陰陽師の間での秩序が崩れてしまう危険性がありまする! そうなれば、我らの結束が揺らいでしまってもおかしくはありませぬ!」
「その程度で揺らぐ結束など無い方がマシだろうな。いざという時に機能しない結束であれば、端から無い方が良い」
取り付く島もない様子の天明に、老いた陰陽師が立ち上がる。
「つまり、天明殿は我らの存在を軽視するということでよろしいか」
「逆に聞くが、ただ新参者に礼節を欠かれた程度でお前は土御門家を始めとする陰陽寮との結束を手放すということでよろしいか?」
「ッ、言い方が不適当だ。軽率に外部の人間を陰陽師に加えることを許容するのであれば、我らとしても考えがあると言う話だ」
「お前が何をもって軽率と考えたかは知らんが、それが軽率であるかどうかを判断するのは陰陽寮の長たる俺だ。それでもまだ何か言いたいことがあると言うのなら、お前の言う考えというのも合わせて陳情書でも書くと良い」
まだ納得などしていないと言うように睨む男に、天明は小さく息を吐いた。
「……俺達には力が足りない。時代は既に変わっている。特別だった力は既に特別では無くなっている。陰陽師の扱う術は確かに強力で優秀なものだが、それは魔術も異能も同じだ。科学技術だって発展している。それらが陰陽道に並んでいないとでも思っているのか? 超えられていないと断言できるのか?」
「ですが、天明様に敵う者など居りませぬ」
「俺頼りか。まぁ、それも良いだろう。陰陽道の現最高地点として見ることは出来よう。だとして、俺がこの地球で、日本で、最強の存在か? 答えは否、俺より強い者など何人も居る。魔術士にも、ハンターにもな」
天明は子供のような星の魔術師と、一応はハンターの男を思い浮かべて言った。前者は神であり、後者はハンターになる前から最強だったが、天明はそれ以上の説明はしなかった。
「それに、俺は見てきた。アメリカでの邪神との戦いをな。アレはハッキリ言って、今の陰陽師の力では敵わない存在だ。この国を守る戦士達として、そのままではいかん」
「ですが、もう邪神というのは駆逐されたと聞いておりますが……」
「愚か者が」
天明は初めて冷たい目で男を……いや、陰陽師達を睨み付けた。その男と同じような考えを持っている者がこの場において何人も居ることに気付いていたからだ。
「邪神はそうだな。確かに駆逐されただろう。それも全てとは言えんが、前回以上の事態にはなるまい。だが、他に脅威となる存在が現れないと何故言える。ソロモンの復活、玉藻前の復活、大嶽丸の復活。かつて封印された強者共が蘇って来た時に、必ず我々が対処できると言えるか? それが邪神を超える脅威でないと言えるか?」
「ッ、それは……」
天明に睨まれ、視線が合ってしまった男は狼狽えたように視線を彷徨わせる。
「お前達は元特殊狩猟者という新たな風を拒みたいようだが、もし俺が勝てない相手が現れた時にお前が日本を守ってくれるのか? そうだよな? お前達は今のままでも十分だと言いたいんだろう?」
「いえ、その、それは……」
「良いか? このままでは駄目だ」
天明は男から視線を外し、周囲の全員に聞こえるように話し始めた。
「伝統や風習、それに伴う礼節を重視するのは重要かも知れないが、それは胸を張って今で万全だと言えるならば、の話だ。力が足りていない今、俺達は変わらねばならん。新しい風を取り入れ、古の陰陽師達がそうしてきたように、数多の力を混ぜ合わせて更なる成長を遂げなければならない」
陰陽師の中でこの危機感を持っている者は多くない。天明は老日勇という存在が、それを示す良い転機になると考えた。
「此度の門人試合が終わった時に、全体に向けて再び同じ話をしよう。それまで、若い者達の姿を見ながら今の陰陽師について考えておくと良い」
天明はそう告げると、返事を聞くことも無くその場を去って行った。
「今の陰陽師、ですか」
「……若造が、調子に乗りおって」
「天明様の言う通りだ。我らも強くならねばな……」
陰陽師の中でも、天明の言葉で意識が変わる者と変わらぬ者と居るだろう。だが、間違いなく全体の雰囲気自体は変わっていた。




