門人試合、二試合目。
ゴロゴロと観戦しながら術を作ったりしていると、あっという間に時間が過ぎていた。
「面白かったのは、五人くらいか?」
既に敗退した奴も入れれば七人程度だな。やはり知らない術ばかりで新鮮だったが、中でも目に留まるような術や戦い方をしていたのはそのくらいだった。
「……もう、俺の番か」
扉が叩かれているのに気付き、俺はそのまま外に出る。そこには白い装束を着た運営側の陰陽師が居り、俺を戦場へと誘った。
観客席の下にある門から出て、興行のことなど全く考えられていないだだっ広い戦場を歩く。実際、興行でも何でも無いから問題はないんだろうが。
「……」
俺は対面する相手の様子を見て、目を細めた。観戦した時にも思ったが、やっぱりこいつ……陰陽師じゃないな。もっと言えば、ハンターだろう。元は付くかも知れないが。
「両者、前へ」
地面に刻まれた印まで歩いた後、審判の言葉で俺達は更に前に出る。試合前の握手の為だ。
「お前も、元ハンターなんだってな?」
手を差し出す前に、対戦相手の男が言った。
「あぁ、アンタもってことか?」
「そうだ。偶然、陰陽師が悪霊に襲われてるところを助けてな。その子の家から弟子になってくれとアプローチを受けた。俺も、新たな力が手に入るなら僥倖ってことでな……元々、闘気に適性がある代わりに魔術は苦手だったんだよ」
ニヤリと笑い、男は開いた手を出した。
「同じ元ハンターの奴と戦えるのを楽しみにしてたんだ。しかも、さっきの戦闘を見たところ相当強いのは確実だ」
「アンタも強そうだったな」
正直、こいつの強さは未知数だ。なにせ、さっきの試合は一瞬で終わらせやがったからな。それも、術を見せることも無く闘気と霊力による身体強化だけでだ。
「ハッ、そう言って貰えるとは光栄だ。何しろ、他の陰陽師からは野蛮人扱いされて見下されることも珍しくないからな」
「そうか」
俺はそういう体験はしてないな。蘆屋が師匠だからってのもあるかも知れないが。
「さて、このくらいにしとくか」
「そうだな」
互いに下がり、印の場所に立つ。審判の方を見ると、頷く代わりに大きく片腕を上げた。
「西! 那宇原 烈! 東! 老日 勇!」
那宇原って言うのか。とか、言ってられる相手では無いな。俺は緊張感の無い思考を少し切り替え、相手の動きを冷静に観察した。
これは、さっきまでと同じ即殺の構えだろう。一瞬で距離を詰めて殺せるように、最も前に踏み出しやすい体勢を取っている。
「両者、用意……」
「ッ」
違う。寸前で切り替えられた。
「はじめッ!」
だったら、受けの体勢を取る必要はない。俺は式符を一枚抜き出した。
「『式神召喚』」
「『式神召喚』」
最初と同じ筋骨隆々な鬼の式神を召喚すると、相手は三枚の式符を放り投げていた。
「『天眼翼』『血肉骨支』『霊侭』」
名を呼んで召喚された三体の式神。鏡のように平たくも、僅かに山なりになっている眼に翼が生えている式神。血と肉と骨とを纏めてどろどろと溶かされたような、液状の肉塊。そして、青白い霊体。それらの内、翼の生えた丸い眼だけが宙を舞って空まで飛んでいき、肉塊と霊体は那宇原と融合した。
「式神を自己強化に使ってるのか?」
「その通りだ。式神ってのは、その名の通りの式だ。自律思考する柔軟性の高い術として運用するには、持って来いの代物だと思わないか?」
なるほど、面白いな。式神を外付けの強化ユニットとして使うってことか。その身が資本のハンターだからこその考えかも知れない。極力は体を張って戦わない陰陽師にはない発想だ。
「確かにな。今後の参考にさせて貰う」
俺は視線を動かし、召喚した鬼に命令を出す。
「こいつとの戦闘結果を含めてな」
「舐めプか? 良いぞ、見せてやる」
走ってくる鬼に、那宇原は不敵な笑みを浮かべて式符を抜き取り、その手を伸ばす。
「『ここに現れよ、妖魔を滅す不尽の剣』」
式符が枯れるように崩れ、代わりに青白い光が満ちる。
「『滅魔の霊剣』」
その光は剣の形を成し、那宇原の手に握られた。
「ォォ……ッ!」
「化け物かよ」
振るわれる鬼の拳を笑いながら避ける那宇原。このくらいは余裕そうだな。
「戦闘術式、天式」
こんな相手だ。忘れないうちに、視ておかないとな。
「ッ、あんなのが控えてるからな。お前相手に消耗してられねぇんだよ」
「ォォオオオッ!!」
俺から溢れる霊力に一瞬気を取られこちらに視線を向けながらも、幾度となく振るわれる拳を那宇原は避け、そして隙を見つけて剣を振るった。
「ハッ、そんなもんかよ!」
「ォォッ!」
胸に傷を負いながらも怯むことなく斬りかかる鬼。だが、那宇原はもう完璧に鬼の動きを見切っているのか拳が当たる気配は無い。
「終わりだ」
鬼の動きを予測していたかのように首だけ逸らして拳を避けながら片手では剣を突き出し、鬼の心臓を貫いた。
「ォォオオオオオオッッ!!!」
「馬鹿みてぇにしぶといなッ!?」
心臓を貫かれても尚咆哮し、腕を振り回す鬼。那宇原は驚きながらも剣を抜き、拳をするりと擦り抜けるようにして避け、そのまま背後に回った。
「だが、少し動きが鈍ってるな」
後ろに回った那宇原は鬼の首に刃を掛け、一息にズザリと斬り落とした。
「ハッ、生首一丁出来上がりだ」
生首が地面に転がって数秒後、その体は血も残さずに消え去った。それを確認した那宇原は、警戒しながらもこちらに歩いて来る。
「言っとくが、俺はまだ全力じゃないぜ?」
「だろうな」
明らかにテンションが上がっている様子の那宇原。だが、その言葉は真実だろう。こいつはまだ、式神と剣の召喚だけしか使っていない。後は、ただの身体強化だ。
「来い」
「言われずともッ!」
近接タイプなら、直接相手をしてやろう。相性でも何でも無く、俺が戦いたいってだけの話だが。