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憤懣やるかたなし

 数百万とするような椅子に座っている女は、未だ試合を続けているモニターではなく、二人が去った扉の方を見ていた。


「……何か起きているようですね」


 どこか楽しそうに言う女の隣には、黄色と黒が混じり合った髪色が特徴的な若い女が立っている。


「吉と出るか、凶と出るか……占ってみて下さい。静寅(じょういん)


「分かりました。ですが、状況も分からず情報も少なく……曖昧な結果になることはご了承下さい」


 分かっています、と女は頷き、他の者も占いを聞こうと静かに耳をそばだてている。


「……回来の星……に光りて……を指す……」


 囁くように術を唱える。霊力が動き、術を成し、そして求められた効果が発動する。


「……これ、は」


「どうですか、静寅」


 その様子に違和感を覚えながらも、女はそう尋ねた。だが、静寅は首を振るのみだ。


「分かり、ません……こんなこと、普通は……無い筈、ですが」


 歯切れ悪く言う静寅は、女にもう一度占う許可を貰い、挑戦したが……結果は変わらなかった。


「……何も見えません」


「そうですか」


 これ以上情報は得られないと判断した女は話を終わらせた。だが、その隣に立つ静寅は内心で激しく動揺していた。本来、これは有り得ないことだ。術自体が発動しているのに、一切何の情報も得られないことなど無いからだ。


「私も、表に出て調査を……」


「貴方は私の護衛です。この場を離れることは許しません」


 冷たく言い切った女に、静寅は深く頭を下げた。






 ♦




 外に出た功春は男からの共有を受け、未だ呑気に試合を見下ろしている透明な鳥を捉えた。一度襲われておいてその態度の鳥に功春は苛立ちを覚えつつも、冷静に式神を召喚した。


「そ、そんなに出すんですか?」


 結局最後まで見届けることにしたらしい男は、数十体と召喚される式神に頬を引きつらせた。


「お前の鴉がやられたというのに手を抜いてかかる訳も無かろう。万全を期すのは当然だが、万全を超えることが最上であるのもまた当然だ」


「それは、そうですがね……」


 流石にやりすぎでは、なんて言葉を呑み込み、男はむっつりと口を閉じて空を見上げた。


「行け。奴を撃ち落とせ」


 短く告げた功春に従い、式神達は空に飛び立っていく。だが、同時に功春が発動した術によってその全てが空気に溶け込むように姿を消す。

 陰陽師達の中でも飛び立っていく式神達に気付いたのは一握りだ。勿論、殆どの者は試合に夢中であるからというのもあるが。



「――――クルルル」



 見えない鳥は、透明な式神達に当然気付いていた。そして、迫るそれらが相当に洗練された式神であるということにも。



「――――クルルル」



 先手を取った鳥。鳴き声と共に、大量の術が展開されて放たれる。上空数千メートルの高みからもステージ上を正確に捉えられる鳥にとって、真っ直ぐ迫る式神達を狙うことは全く難しくは無かった。


「ピィッ!」


「ギギッ、ギィ!」


「待て待て待て待て」


 霊力の波動が術を阻害し、魔術の光線が次々に式神達を貫いていく。目立たないようにと小型のものだけを送ったのが(あだ)になってしまった。


「むぉおおッ!!」


「ぽッ」


 小鬼が吼え、小鳥が鳴いた。咆哮により霊力の波動はかき消され、小鳥の声と共に光線を防ぐ障壁が展開される。


「イゲッ、イゲッ! ススメッ! ハヤグッ!」


「にゃあッ!」


 上へと駆けて行く式神達。



 その様子を、功春は苦し気な表情で見ていた。


「……不味いな」


「ど、どうなってるんですか?」


「奴は既に空中を己の領域としておる。術の発動が異様に早く、その量も単なる式神一体で即座に使える者では無かろう。となれば、考えられるのは準備を既に整えていたというのみだ」


「迎撃態勢を整えてたってことですか……ですが、それだけで倉橋殿の式神が全て倒されるとは思えませんが」


 功春は首を振る。その顔色は悪い。


「あの式神……術者と接続状態にある。既に消費されている分だけで考えても扱える霊力量が異常だ。常に霊力を供給され続けていると考えるのが自然だろう。何にしろ……確実にそこらの陰陽師の式神では無い」


 功春は内心で激しい怒りを覚えながらも、歯が立たない現状に拳を握ることしか出来ずに居た。


「あの高度……厄介な」


 何よりも厄介なのは、その場所だ。地上から数千メートル。辿り着くには時間がかかる。式神達であれば、その途中で迎撃されてしまうのも止む無しだ。功春の持つ式神の中に、アレに対抗できる空中戦特化のものは姿の大きいものしか居ない。

 そして、功春本人が直接向かうのも確実に目立ってしまうだろう。いや、既に式神同士の戦闘で一部の者は気付いているが……


「仕方ない」


 功春は憤怒を呑み下し、その言葉を漏らした。


「アレは、諦める」


 式神の全てが空中で焼き尽くされたのを確認しながら、功春は感情を押し殺したような声で言った。


「ッ、良いんですか?」


「そもそも、アレは怪しいと言うだけで特に何の害も無いからな……見ているだけの式神だ。特に干渉している訳でも無いと言うのは、これで分かった。放置しても、問題はない」


「ですが……」


「問題は無い、そう言っておるんだ……!」


 正に苦渋の決断と言えるような表情で言い切る功春に、男はもう何も言えなかった。


「……奴が試合に、若しくは観客に手を出すようなら私が直接破壊してやる。分かったな?」


「わ、分かりました」


 滲む怒気に男は動揺しつつも頷き、未だ平然と試合を眺める鳥を、呆然としたように見上げた。

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