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異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。  作者: 暁月ライト


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風の前の塵に同じ

 煉治との戦いで碧は勝利した。が、そこには相性差や対人慣れのような部分も大きく関係していただろう。


「直接見れなかったのが残念だが……」


 まぁ、仕方ないだろう。霊力の動きを見れなければ術の模倣も難しいが、どうしようもない話だ。


「……いや、待てよ」


 式神を作って飛ばせば、霊力の動きを見ることも出来る筈だ。


「作るか」


 どうせ大会では使えない式神だからな。魔術を混ぜて作っても良いだろう。その練習にもなる。






 ♦




 ステージの上で向かい合う陽能と一人の男。男の名は糸皿 修。悪霊を祓うことを専門にしている、完全な戦闘系の陰陽家だ。


「こんにちは、糸皿様。お噂はかねがね聞いております。悪霊祓いで幾つも実績を残している家であると……」


「僕はそこの生まれ、というだけだ。他と比べて特別優れた腕を持っているとも思っていないよ。現に、二回も僕は優勝を逃してしまっている」


 修の歳は十七だ。本来なら二回では済まない程敗北していなければおかしいが、それには理由がある。修は糸皿家の当主の妾の子であり、嫡男がどうやっても陰陽道に適性を示さなかった為、緊急的に家へと入れられたのだ。


「僕はただの凡人さ。ここに居るのも、誰かが望んだ訳じゃない。皆、仕方なくで僕を育てて……僕はここに居る。君とは真逆だよ」


「真逆、ですか?」


 陽能の表情に、修は白々しさを見つけて笑う。


「そうだよ。君が凄い霊力を持ってるなんてことは、もう知らない人は居ないくらいの話だ。そんな君は土御門家に見出されて特別な教育を受けたんだろう? いやぁ、正に真逆だと思わないか? 仕方なく陰陽師にされた僕と、皆に望まれて陰陽師になった君とを比べて見ればさ」


「……そう、ですか」


 俯くように言う陽能だが、その表情は込み上げる笑みを噛み殺している。それは、自身が最も嫌っていた嫉妬や劣等感を、相手から感じることが出来ているからだ。


「それでも、私は人と自分とを比べようとは思えません。人にはそれぞれ長所があります。私は確かに霊力が多いですが、私よりも術を扱うのが上手い人なんて沢山いると思いますから」


「……土御門家に教育を受けた君より術を上手く扱える自信は、無いな」


 修はそう言うと、既定の位置まで下がり、合図を待った。握手は既に済ませてある。これ以上話を続けるのは、皆にとって迷惑だろう。


「西! 文辻陽能! 東! 糸皿修!」


 話を打ち切られた陽能も仕方なしに下がると、審判が合図を始めた。


「両者、用意……始めッ!」


「『式神召喚』」


 即座に式符をばら撒き、三体の式神を召喚する修。狼のような式神、鳥のような式神、小鬼のような式神。現れた三体と共に走り出し、陽能へと距離を詰める修。速攻で片を付ける作戦だ。


「『変じて、生まれよ。土生金』」


 修は地面を強く踏みつけ、式神達に先行させる。直後、陽能の足元の地面から鉄が茨のように伸びて両足をぐるりと巻こうとする。


「あはッ」


 陽能が笑みを零し、その身から理不尽なまでの霊力が溢れる。


「なッ!? 幾ら多いって言っても、これは……!?」


 意図的に放出しているそれは、老日の戦闘術式から滲み出す霊力よりも圧倒的に上だった。鉄の茨はその放出を受けただけで木っ端微塵に砕け、式神達も修より後ろまで吹き飛ばされた。


「『心を砕き、臓を穿つ。明金糸』」


 不敵に立っているままの陽能に、修は動揺しながらも式符を握り潰し、術を発動する。その指先から伸びた輝く黄金の糸が陽能の胸を貫かんと空を駆けていく。


「そんなの、無駄ですよ」


 黄金の糸は、軽く撥ね退けるような陽能の手に触れただけで弾かれ、それでも迫ろうとすれば糸を掴まれて霊力を流された。


「ッ、危ない……!」


 凄まじい霊力が糸から登って来るのを察知した修は素早く糸を断ち、切り離した。しかし、そこに白い霊力の弾が迫り、咄嗟に避けるが凄まじい爆発を引き起こす。


「なんて威力――――」


 ギリギリで障壁を張ることが出来た修。しかし、その障壁を貫いて白く小さな手が伸びる。


「すみませんが、ここで術を見せる気は無いんです」


「ッ!」


 一瞬にして修の眼前まで移動した陽能は、自分の頭より上にあるその首を片腕で掴んだ。


「では、お眠り下さい」


「ふ、ざ……け……」


 何とか蹴りを食らわせようとする修だったが、それが届くより先に意識を失ってしまった。


「審判さん、僕の勝ちで良いですよね?」


「……あ、あぁ。勝者ッ、文辻陽能!」


 暫く固まっていた審判の言葉を聞き、陽能は満足気に頷いた。



「――――クルルル」



 その様子を、上空から小さな鳥が見ていた。術によって作られたその鳥は、誰にも見えず、鳴き声すらも響かなかった。

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