水か炎か
煉治が展開した赤い障壁。それに碧の刀が触れると障壁から炎が噴き出し、対抗するように刀から水が溢れる。
「ハァアアアアアアッ!!」
「『爆煉砕土』ッ!」
刀は溢れる水流を伴って障壁を叩き切り、そのまま煉治ごと斬り裂こうとする。しかし、その間に煉治が地面に叩き付けた式符が起動したことで地面が膨れ上がり、凄まじい勢いで爆発を引き起こした。
(これは……)
映像越しだと霊力の動きも気配も分からない。だが、あの至近距離での爆発は流石に……
「『十錬鉄打』ッ!!」
爆炎の中から飛び出して来た碧。全身を覆っていた水の膜が消え、碧の腕に青色の線が走り、光を放つ。どうやら、ギリギリで防御を間に合わせていたらしい。それか、自動発動する術か。
「ッ、ま」
焦る煉治はギリギリで姿勢を逸らすことには成功したが、無慈悲にも碧の刀は煉治の腕を斬り落とした。
「『爆炎連弾』」
「くッ!」
煉治は地面を転がりながら式符を何とか取り出し、数十発の拳大の火球を放った。触れた瞬間爆発を引き起こす火球。その制圧力を前に、碧は後ろに下がらざるを得なかった。
「距離は、離せた……けどッ」
煉治は無くなった片腕を霊力で止血し、苦悶の表情を浮かべている。霊力による応急処置を済ませた今、ただ片腕が落ちている程の苦痛は無いだろうが、それでも途轍もなく痛いことには変わりないだろう。
「片腕は落とせた……けど」
「ヌォオオオオオオオッ!!」
雄叫びを上げる武者。その隣で横たわっていた蛟の姿が消滅した。片腕を落とした以上、印を結ぶ術はもう使えないだろう。だが、相棒とも言える存在である蛟は倒されてしまった。
状況はイーブン。いや、今の状況だけなら煉治の方が有利か。ここから碧に他の式神を召喚する余裕が与えられるとも思えない。
「……押し通ります」
相手の動きを注視するだけの僅かな時間が過ぎた後、先に動いたのは碧だ。体を思い切り倒し、そのままの勢いで駆け出した碧。正面に居た武者を一瞬で擦り抜ける。瞬歩だ。
「ヌォオオオッ!?」
「『水流鎖』」
碧は目を瞑り、式符を二枚空中に放り投げた。その式符から迸った水流は、碧の背後に居る武者の両腕を捕まえた。碧に向かって刀を投げつけようとしていた武者は動きを封じられ、何とか鎖を解こうと藻掻いている。
「『全てを貫き、焼き殺せ』」
目を閉じたままの碧の前には、片腕で式符を突き出す煉治の姿があった。
「『紅蓮豪槍』」
式符が焼け落ちると同時に放たれた炎の槍は、音速を超える勢いで碧に迫った。
「ハァッ!!」
「なァッ!?」
その槍を予見していたかのように刀を振り上げた碧。炎の槍は水流を伴う刃に真っ二つにされ、そのまま空中で霧散した。
「情けない話ですけど……その術は、友達から聞いて知ってます!」
「ッ、やっべぇッ!」
振り下ろされる刀を転がりながら避ける煉治。友達とは、恐らく杏のことだろう。アイツは情報収集をちゃんとやっていそうだしな。
「ヌォオオオオオオオッ!!」
「ッ、武者!!」
「くッ」
碧は焦りの表情を浮かべながら振り返り、武者の刀を避けながら武者の脇腹を斬り裂いた。
「ヌォオオオオオッ!!」
「ッ」
脇腹から溢れ出した炎。碧は全身を水の膜で覆い、それを防ぎながら煮え滾るような武者の体に手で触れた。
「『溢れよ、霊水瀑』」
「ヌォオオオオオオオッ!?」
碧は式符を武者の腹部に叩き付け、内部から大量の水流を発生させた。武者は溜まらず、膝を突き、全身から水を流しながら地面に倒れた。
「喰らえッ! 『炎凰剣』ッ!!」
その隙を突いて斬りかかる煉治。その手には炎の剣が握られており、空気をチリチリと焦がしながら迫っている。碧を防護する水の膜も、アレが近付けば蒸発してしまうだろう。
「どうだぁあああああああッッ!!!」
「『清流霊屠』」
だが、振り下ろされた炎の剣は簡単に避けられ、碧の髪と服を熱気で焦がしただけに終わった。そして、碧は近付くことなく冷静に式符を取り出し、術を起動して津波のような勢いの水流を呼び出した。
「なッ、やッ、ぐぉッ」
至近距離で溢れ出したその水流に呑み込まれた煉治。その手に持っていた炎の刀は勢いを失い、消えてしまった。
「くッ、そ……ぁ」
「終わりです」
水流に体勢を崩され、尻餅を突いていた煉治。その首に碧の刀が添えられた。
「……降参、するしかないか」
煉治は悔しそうに拳を握った後、力を抜いてその手を差し出した。
「ありがとな。戦えて楽しかったぜ」
「ッ、はい! こちらこそありがとうございました!」
握手を求められたことを意外に思ったのか驚いたような表情をしていた碧だったが、笑顔で頷いて煉治の手を取った。
「……罠じゃないのか」
そのまま何事も無く終わったことに釈然としない気持ちでいた俺は、心が汚いのかも知れない。