紅蓮と水刀
陰陽師達は混乱していた。楊印は確かに門弟の中でも腕の立つ陰陽師では無いが、それでもたった一体の式神に手も足も出ずに蹂躙されるというのは、同じ門弟を相手にしていると考えれば異常でしか無かった。
「何なんだ、老日勇……!」
「あの霊力に、あの式神。とても入門したばかりとは思えん」
「そうか? 式神自体は大したものでも無いと思ったが……」
「何を言っている!? ただの門弟が出した式神だぞ!? それに、まだ一体目だ……アレでただの小手調べという可能性も無くはない」
「戦って確かめてぇなぁ……」
口々に語る陰陽師達に、蘆屋は視線も向けずに鼻を鳴らす。
「なぁ、干炉殿! アイツは何者なんだ! 俺にだけ教えてくれ!」
「教える訳無いじゃん」
なんだ君だけに、と蘆屋は目を細めて言った。
少し離れた席で、青い長髪の女が微笑みを浮かべている。
「碧、良くやりましたよ」
慈しむように言う彼女の横には、暗い青髪の男が立っている。
「アレが門弟とは思えないな。それに、身のこなしを見ても普通じゃない。視線も常に霊力の動きを追っている。術や霊力の量以前に、あの男は異常だ」
「ですが、その彼と縁を繋げてくれたんです。昨日の間も三食全て共にしたと聞きます」
「……俺は危険だと思うがな。必要以上に入れ込むのは」
「かも知れません。でも、何にしろ礼をする必要はあるでしょう? 十蓮家として」
そうだな、と男は諦めたように息を吐いた。
「娘を救って貰った事実には、報いる必要がある。それこそ、娘が言ったようにあの呪いの仮面を外してやるとかな」
「呪いの仮面……どうみます?」
「分からん」
男は端的に告げ、刀の柄頭に触れた。
「斬ってやれば外れるというくらい単純な話なら良いんだが」
「……恐らくですが、彼は呪いの影響下にありません」
女の言葉に、男は眉を顰める。
「馬鹿な。俺でもあの仮面の呪いが相当なものだと分かるぞ」
「それは勿論です。しかし、呪いと彼自身の結び付きが感じられません」
「……じゃあ、アレは何だ」
「顔を隠しているのでは?」
その為にか? と男は呆れたように言った。
♦……side:老日
自分の控え室に帰り、俺はベッドに尻を預けた。そのまま倒れ込みはせず、俺は白紙の式符を何枚か取り出し、さっきの相手を思い出しながら墨を落としていく。
(……大した相手じゃなかったが、罅隙ってのは面白かった)
隙間に相手を引き摺り込み、自分も隙間の中に潜り込める式神だ。見たところ、調伏済みの元妖怪だろうな。
「こんな感じか?」
それを術として書き出せば、大体こういう感じだろう。まだかなり粗く、霊力の消費も考えられていないが、原型は完成した。
まぁ、ここで何を書いたところでどうせ大会じゃ使えないんだがな。
「ん」
そこで、控え室の壁に取り付けられたモニターに会場が上空から映し出された。二人の陰陽師が向き合っている。どうやら試合が始まるようだ。
出来るなら生で見たいところだが、不正防止の観点からか出場者は控え室の中でこのモニターからしか見れないようだ。
「出てるのは……碧か」
対面するのは、赤髪の少年。確か、火伏煉治とかいう奴だ。
「見てろよ、皆! 今回こそは優勝してやるからな!」
「私も、負けません!」
煉治と碧、向かい合う二人は審判の合図を待ち……同時に、動き出した。
「『式神召喚』ッ!」
「『式神召喚』ッ!」
式符が同時に宙を舞い、現れるのは……
「『煉獄武者』」
「『模り蛟』」
赤黒い鎧で全身を覆った武者と、短い四肢と角があり水で作られている巨大な蛇だ。
「叩き切れ! その鈍そうな蛇から蒸発させろ!」
「蛟、アレを抑えて!」
お互いに式神を止めるように命令を出した煉治と碧。煉治は式神同士の相性から、碧は式神同士の戦いに持ち込み、本体を直接叩ければ勝てるとの判断からか。
「『式神召喚』!」
「『疾く駆け、風も気にせぬ水狼となれ』」
碧の姿が水の狼と化し、宙を舞う式神の札を無視して煉治まで駆け抜けていく。
「チッ、『爆裂弾』!」
名を呼ばなければ顕現出来ない類の式神を投げてしまった煉治。しかし、目の前に迫る碧を無視して式神の召喚を完了させる余裕は無い。
煉治は懐の式符を咄嗟に抜き放ち、赤黒く煮え立つ小さな火球を放った。
「ハァッ!」
迫る火球に碧は元の姿へと戻り、刀を抜き放ちながら赤黒い火球を真っ二つに斬り裂いた。左右に分かれた火球は地面に触れると同時に爆発し、凄まじい熱量と共に周辺をドロドロとマグマのように溶かしてしまった。
「クッソッ、武者!」
だが、その爆発よりも先に煉治の懐まで迫っていた碧は、傷を負うことも無く煉治へと刃を振るっている。
「ヌォオオオオオオオッ!!」
「シィィィッ!!」
呼びかけに応えて煉治を守ろうとする武者を、蛟が背後から襲い掛かって止める。
「終わりです!」
「まだだッ!」
煉治は式符を引き抜き、自身を覆う赤い障壁を展開した。