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観察する者達

 観客席の間にどよめきが広がる。老日勇の目が真っ白に染まり、全身から霊力が滲み出している。


「なんだ、これは……!」


「凄まじい霊力を感じるな。もしや、私よりも上かも知れん」


「これが、まだ入門して半年も経っていない門弟だと言うのか……?」


 それぞれ驚愕を口にする陰陽師達を見て、蘆屋干炉は心の中でにやりと笑った。尤も、その表情はいつもの仏頂面でしか無いのだが。


「蘆屋殿……彼は、本当に陰陽師の生まれでは無いのですか?」


「さてね。私が弟子に取ったという訳では無いですから。先祖まで調べているという訳ではありません。干炉に聞いては如何かな?」


 蘆屋直人の言葉を聞き、三十代くらいの陰陽師は干炉の方を見た。しかし、干炉は会話を聞いては居たものの二人には一瞥も寄越さないので、男は気まずそうに直人に視線を戻した。


「直人殿……」


「申し訳ない。干炉は人に気を遣うと言ったことが苦手なようで……ほら、干炉」


「聞きたいことがあるなら口に出して聞けばいいのに、勝手にビビって話しかけない方が悪いじゃん」


 歯に衣着せぬ言い方に、男は内心でだから話しかけたく無かったのだと思いつつも、引き攣った口を開いた。


「その、干炉殿。彼は陰陽師の生まれでは無いのかな?」


「違うって言ってたよ。それと、そろそろ見た方が良いと思うけど」


 干炉に言われて視線を戻すと、老日の天式に怯んでいた男が遂に動き出していた。一体しか出ていない式神と、その後方に立つ老日。先ずは処理が容易そうな式神からと、楊印は自分の式神達に命令を出した。


「ッ、その力は何だか分からんが、先ずは一体だけの舐めた式神からだ!」


 楊印の命令を受け、式神達が動き出す。


 唯一名を呼ばれた、罅隙という顔面の中心に黒い線が入った猫背の怪物、緑の面をした鬼、浮遊する岩で出来た傘。


 それら三体は老日の使役する鬼の式神を前と左右から囲い込み、先ずは岩傘が仕掛けた。


 鬼の足下が蠢き、平たく整地されただけの地面が硬質化し、乾いた砂岩のようになって盛り上がった。しかし、鬼はその場から動くことなく、あっさりと盛り上がった硬い地面に足を囚われてしまった。


 その隙を見逃す訳も無く、緑面が自慢の拳で殴り掛かる。鬼はそれでも動くことなく、顔面に拳を受けた。


「何をしている……?」


 無防備に拳を受けた鬼に、訝しむような視線を向ける楊印。動かない鬼に構わず緑面が更に数発の拳を食らわせたが、そこには怯んだ様子も無い鬼が平然と立っていた。


「馬鹿な、そんな馬鹿な……!」


 緑面の鬼は、謂わばスピードとパワーに特化した近接戦闘型だ。それの拳を受けて、まさかダメージを負わない存在など居る筈がない。


「いや、そうか……動かないんじゃなく、動けないんだろう!」


 正体見破ったりと楊印は笑った。一歩も動かないあの鬼は、動かないことを代償にその意味不明な防御力を得ているのだと。


「罅隙ッ、やってしまえ!」


 いつの間にか消えていた罅隙の姿が、鬼の足とそれを覆う岩石の隙間から奇妙にも現れた。そして、その細い腕で鬼の足を抱き着くように掴み、ニヤニヤと笑いながら岩石と足の隙間に戻っていく。


「グッ……」


 鬼は初めて眉を顰めた。足の脛から膝上辺りを、罅隙が足と岩石の隙間に引き摺り込んでいるのだ。奇妙と言う他ないような現象だが、鬼の足は隙間に収まる程の大きさまで縮み、骨は折れ、肉もぐちゃぐちゃに混ざってしまっている。


「止めだッ、喰らえ!」


 楊印は式符を服の中から取り出し、霊力を通して効果を発動させた。


「『明妙霊溌砲みょうみょうりょうはつほう』」


 式符が焼け落ち、それと同時に水流のような霊力の波動が放たれる。光り輝く青白いそれは、一瞬にして鬼の上半身を呑み込んでしまった。


「ハハッ、馬鹿め!」


 まともに食らった鬼を見て嘲笑する楊印。式符が灰となり、青白い光が消えた時……そこには、皮膚が少し焼け焦げているだけの鬼の姿があった。


「なッ、馬鹿な!?」


 一瞬にして表情が蒼褪めた楊印。しかし、老日はそこに更なる絶望を投下するように命令を下した。


「迎撃しろ」


 その命令が下された瞬間、一歩も動いていなかった鬼は遂に動き出し、手始めに足を拘束していた岩石を足の力だけで砕いた。続けて、足を隙間にねじ込み破壊しようとしていた罅隙を蹴り飛ばす。


「ぅぉおおおおお……」


 罅隙は三度も地面を飛び跳ねた後、蹴りつけられた頭を両手で押さえて悶えるように転がった。その様子を見て楊印はガチガチと歯を鳴らす。


「あ、有り得ない……あの耐久力は、動けないことを代償に得ていた力じゃ無かったのか……? まさか、素の力だとでも言うのか……!?」


 肯定するように、鬼は歩き出す。それを止めようと殴り掛かった緑面の頭蓋を一撃で破壊し、壁となるように隆起した地面を粉砕した。


「なんだ!? 何なんだその鬼は……! どれだけの霊力を込め上げればそんな化け物が出来上がる!?」


「沢山だな」


 簡潔に答えた老日。楊印の盾となるように立ち塞がった岩傘は、ただの土塊の如く砕かれた。


「く、クソ……! ふざけるなッ!」


 迫り来る鬼から楊印は距離を取り、式符を三枚震える手で取り出した


「『霊魂縛呪』『炎蛇耀熱』『盛火旺揚』」


 青白い鎖が伸びて鬼を捕まえようとするが、鬼は霊力を込めた手で掴み取って粉砕。燃え輝く炎の蛇が現れて襲い掛かるが、ただの火傷となって消え、その火傷も消える。最後の術は炎を更に燃え上がらせるものだったが、既に火は消えていた。


「ォォ……」


「ひッ、ひぃッ……!」


 楊印は、未だかつてここまで恐ろしい存在と戦ったことは無かった。殴られても怯まず、傷付いても再生し、岩石も一撃で粉砕してしまう、鬼。

 しかし、それも当然だ。門人試合を未だ突破出来ず、自分で任務を受けられる立場に無かった楊印に、そんな相手と戦う場など無かった。


「『御人結界』」


 式符を破り、自身を守る小規模な結界を展開する。だが、そこにずかずかと近付いて来た鬼は、白い霊力の宿る腕を振り上げた。


「ォオ!」


「ぃ、いやだ……!」


 楊印が作り上げた結界は、たったの一撃で脆くも崩れ去ってしまった。


「いやだ……し、死にたくない!」


 陰陽師、安倍晴明が作り上げたこの結界内に死は無い。最後に振り上げられたその拳が叩き付けられようと、楊印の魂が天に昇るようなことは有り得ない。だが、それでも楊印は尻もちを着いて後退る。


 楊印は今まで幾度もの門人試合を経験し、その中で倒された経験は少なくない。だが、目の前の鬼に与えられる死は、どうにも本物であるような気がしてならなかった。それだけの気迫を、目の前の鬼は持っていた。


「……こ、降参だ!」


 自身の無様に涙が零れながらも楊印がそう宣言すると、老日は素早く命令を下し、鬼は無表情のままゆっくりと拳を下ろした。

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