狙いは
青い長髪を後ろで纏めた少女。水の術を使う陰陽師だ。
「は、はいそうです! 十蓮 碧って言います! 改めて、あの時はありがとうございました!」
「気にしなくて良い」
「それと、その……私の方では、その呪いを解ける方を見つけられなくて……申し訳ありません」
「気にしなくて良い」
返答を繰り返すと、碧は少し怯んだように俯いた。
「あんまり碧を虐めないであげて? ふふ」
「そういうつもりは無いんだが」
綺麗な黒髪のおかっぱ。日本人形のような少女が、碧の頭を優しく撫でる。
「ちょ、な、撫でないでよ!」
「ふふっ」
腕をバタバタさせて少女の手を追い払った碧は、恥ずかしそうに俺から視線を逸らす。
「……アンタは?」
「あら、興味を持ってくれたの? 私は示出 杏。呪いには縁があるんだけれど……その仮面は、私でも解呪のしようが無いわねぇ」
示出杏、か。こいつからは……妖の気配を感じる。だがまぁ、態々触れることでも無いだろう。天明辺りが気付いていない訳も無い。
「気にしないでくれ。へばりついて取れない以外は、特に困ることも無い」
「ふふ」
意味深に笑う杏。同時に、宿舎の内部に入った天明が足を止めた。
「ほら、着いたぞ。ここがお前達が今日寝泊まりする宿舎だ」
木製の宿舎はそこそこ大きな二階建てで、余裕で俺達全員を収容できる余裕があるように見えた。
「一先ず、お前達を部屋に案内してやろう。荷物も置きたいだろうからな」
天明が先導し、階段を上って二階に上がる。扉が無数に並んだその場所は、確かに宿のようだった。
「名前が扉のとこに書かれているだろう? 自分の名前を見つけたら、そこに入って休んでおいてくれ。暫くしたら戻って来るが……あぁ、そうだ! 許可なく他人の部屋に入っていたのが本人にバレれば罰則だからな! 十分気を付けると良い!」
本人にバレれば、か。
「ふふ、バレなければ良いみたいね?」
「そういう解釈もあるな」
「い、いやいや、ダメですよ!? 着替えとかしてたらどうするんですか!?」
それも尤もだが、多分あの言い方は……情報を探り合うことを推進してるな。
「念の為、結界を張るくらいはししておいた方が良いと思うぞ」
「えぇ……そんなにですか?」
「そんなによ。だって、見て見なさい……ほら、みんな目をギラギラさせてるわ」
間違いないな。この門人試合が二回目以降の奴なんかは、やる気満々だろうな。
「……しかし、なるほどな」
弟子と師匠で寝泊まりする場所を分けた理由は、これだったか。
「取り敢えず、俺は自分の部屋に帰ってるぞ」
「私は碧ちゃんの部屋に居ようかしら?」
「うん、勿論良いよ。寧ろ、心強いくらい!」
俺は二人に背を向け、少し先にある自分の部屋に入り込んだ。
部屋に座り込んだ俺は着替えと式符用の紙が入っているくらいの荷物を雑に置き、一応鍵を閉めて椅子に座り込んだ。扉とは反対側にある窓からは外が見える。
「……」
別に、何をする必要も無いんだよな。俺を探ろうとしても、荷物に重要な物は無いし、式符も私用空間の中に放り込まれている。
「暇だな」
何か仕掛けられる可能性はあるが、別に何か対策をする必要があるとは思えない。早速暇になった俺は、椅子の背に体を預け、溜息を吐いた。
「着替えるか」
一応直人に貸し出された陰陽師の服を着ていた俺だが、明日が本番と言うことならもう少し身軽な格好に着替えさせて貰おう。
「……やっぱり、結界くらいは張って置くか」
プライバシーを侵害されるのは、普通に嫌だからな。
♦
影人によって別の宿舎に案内された陰陽師達。門人達よりも丁寧な造りの部屋。その扉の一つが叩かれた。
「……どなたですか?」
部屋の主であった蘆屋直人は椅子から立ち上がり、扉を開ける。そこには、天明の弟である土御門影人が立っていた。
「私だ。蘆屋殿の弟子について話しに来た」
「あぁ、影人殿か。それはつまり、干炉の弟子と言うことだな?」
直人の確認に、影人は頷く。
「単刀直入に聞かせて貰うが……あの仮面の男、大嶽丸を斃した男と同じ人物か?」
「さぁ、私には分からないな。大嶽丸を斃した男について、私は知らないからな」
影人は部屋に入り、扉を閉めると結界を張ってから語り出した。
「……強制的に聞き出す権利は無いと分かっている。だが、仮面をつけている男という共通点に加えて、あの言い知れぬ雰囲気、そして老日勇にとっては師である蘆屋干炉とあの戦場で親し気にしていたのもある。既に怪しんでいる者は居ると忠告しておこう」
「そうか。だが、だとしても直接的に動く者は居ないと思うが」
直人が言うと、影人は眉を顰めた。
「何故なら、あの九尾の狐が直々に詮索するなと脅しをかけたのだ。疑っている者ほど怖くて動けはしないだろう。仮に、老日勇とあの男が同一人物であったとしても」
「……かも、知れないが」
影人は何か言いたげにしていたが、首を振ると結界を解除した。
「お前のことだ。そうヘマをするとは思えないが……一応、気を付けておけよ」
「分かった。忠告感謝する」
部屋を出て行った影人。その足音が遠ざかったのを確認すると、直人は息を吐いた。
「しかし、やはりそうか……」
天明からはアメリカでの勇の話を僅かに聞いた程度だったが、影人の様子を見るに大嶽丸を斃したのも勇なのだろうと、直人は見当をつけた。
「想像以上だな」
どうやら相当な掘り出し物を見つけて来たらしい娘に、直人は思わず笑みを漏らした。