門人試合・前日
白く光る煙が仮面から溢れ、俺は咄嗟に仮面に手を当てる。
「ッ、勇……!?」
心配そうにこちらを見る蘆屋。ジュワジュワと溢れ出る煙に、視線が集まる。
「な、何なんですかなアレは……?」
「分からん。だが、この領域は穢れや瘴気を祓う力も持つと聞く……なれば、呪物の類いも浄化されるのでは無いか?」
「ほぉ、なるほど! それは凄い!」
白く光る煙が更に溢れる。どんどんと領域が躍起になっているように、浄化の力が強まっていく。
「凄いぞ、このまま浄化してしまうぞ……!」
「流石は安倍晴明様が残した聖域……いや、神域!」
「ふふふ……足りないわ」
仮面が浄化されようとする様子を見て、沸き上がる陰陽師達。白煙によって、最早視界が埋まったかと言う、その時。
「……止まった?」
突如、諦めたかのように浄化が終了した。仮面は最初と変わらず、堂々と呪いのオーラを放っている。
「な、なんだと……」
「これは……ダメだったのか?」
「まさか、晴明様の領域でも浄化し切れぬとは……」
落胆したような陰陽師達の様子に、少し気まずさが沸く。
「……なんか、すまん」
だが、そう簡単に浄化出来るような呪物は俺も選んで無いんだ。
♢
フェリーが島に着き、陸地に降り立った俺達は白い装束を身に纏った島の者達の案内を受け、自然豊かな島の中を歩いて行く。
「道が舗装されていなければ、本当に人の住んでない島かと思いそうだな」
その道もコンクリートなんかではなく、土をただならしてあるだけだ。しかし、確かにこの島からは普通では無い気配を感じる。陰陽道で作られているからか、なにか安倍晴明が施した仕掛けがあるのか、俺には分からないが。
「さて、皆の者よ。知ってはいるかと思うが、門人試合と言ってもただ直ぐに試合をする訳では無い」
先頭を歩いていた天明が楽しそうに言う。多分、この門人試合というイベントが楽しみだったんだろう。
「この島にある屋敷に宿泊し、今日のところは親睦を深め合ってもらう時間としたい。ただ勿論、合宿とは言わんが修業をしても構わないし、お互いに技を見せたり、相手を探り、作戦を立てる場としても構わない」
「……なるほどな」
この場を利用し、自分で情報収集をして相手の手札を探るのもアリという訳か。
「だがまぁ、自信と余裕があるという者は……純粋にこの島を歩き、見て回るのも面白いかも知れないな?」
天明が一瞬、こちらを向いた気がする。ので、視線を逸らしておいた。
「実際、この島には俺の祖先でもある安倍晴明が遺した様々な仕掛けがある筈だ。ここは晴明の修行の場でもあった訳だからな。それを探ることも、また自分の強さに繋がるだろうと俺は思う」
しかし、こうして列になって歩いていると保護者同伴の遠足みたいだな。いや、服装を統一しているから地方の祭りとかか?
にしても、年下が多いな。俺以上の年齢は半分も居ないくらいだ。
「それと、門人試合の後に望む者は残って鍛錬を積んでも良いぞ」
「あぁ、私と天明で稽古をつけてやる」
天明の横で言ったのは、弟の影人だ。話によると、天明とは違って生真面目な性格らしい。
「ほら、見えて来たぞ。ここがお前たちの泊まる宿舎だ。師とは一度別れることになるが、連絡自体は取っても構わない」
急に自然教室みたいになってきたな。
「という訳で、門人試合の出場者以外は影人の案内に従ってくれ」
ざわざわと話し声が広がり、弟子と師匠とが別れていく。
「行こうか、干炉」
「じゃあ、またね勇」
「あぁ、また」
直人は蘆屋を連れ立って、影人の後ろを付いて行った。ここからも見える、少し離れた方の建物に泊まるのだろう。
「さてさて、師と離れて不安か?」
「全然だ!」
笑いながら聞く天明に、一人の若い男子が元気よく返す。それを聞いた天明は更に笑みを強め、頷いた。
「ハハハハッ、中々威勢が良いな! その調子だ!」
豪快に笑うと、天明は宿舎の方へと歩いて行く。その背中を、一人の少年が薄ら笑いを浮かべて見ていた。
「……こいつか」
その異様な雰囲気に目を凝らして、分かった。見つけた。こいつが、例の霊力お化けだって言う子供だろう。
「お前達、もう気を張る必要は無いぞ? 師は居らんからな。好きに話しながらでもついて来ればいい!」
天明が言うと、一瞬の静寂の後、ざわざわと皆が話し出した。俺は若干の居心地の悪さを感じつつも、最後列から付いて行く。
「あ、あのっ!」
「あぁ、あの時の……水の陰陽師か」
前の方からとことこと歩いて来たのは、あの悪鬼と戦っていた水の陰陽師の少女だった。