島
遂に、門人試合の日がやってきた。俺達が招かれたのは、巨大な結界に囲まれた島だ。外からは見えも感じもせず、無意識的に離れたくなるような術がかけられ、完全に隔離された場所だ。
「人工島には見えないな」
「見えるの? まぁ、人工島って言っても陰陽道によって作られた自然的な島だからね」
なるほどな。飽くまで土台をコンクリやらで固めたような普通の人工島とは違う訳か。
「……にしても、その仮面凄いよね」
「すまん」
蘆屋が眉を顰めて言う。が、それも当然だ。この仮面から溢れる呪いの気配は並大抵のものじゃない。解呪出来ないという言い訳を作る為にこれを使ってはいるが、人によってはこの気配だけで気分を悪くするだろう。と言っても、周りに直接呪いをばら撒くような代物では無いから基本的に安全ではある。
「こう言っちゃなんだが……普通に、船で行くんだな」
フェリーに乗せられて、俺達は海を渡っていた。豪華な代物では無いが、沢山の人を乗せているだけあって、大きさはある。
「まぁ、ちょっとシュールだよね」
個室で分かれている訳でも無い船内は、無数に並んだ席に装束を来た陰陽師達が座り込んでいる。現代的なフェリーの中に、大真面目な顔をして陰陽師が並んで座っている光景は、確かにシュールだ。
「別に、やろうと思えば術でポンって運べるとは思うけど……何でだろ」
俺と同じ疑問を口から漏らす蘆屋に、俺から二個右の席に居る直人が向く。
「何でも術に頼る習慣を付けない為だよ。私達陰陽師は、普段はただの人として身分を隠して生きるのが普通だ。だから、ただの人としての心を忘れないようにする為、こうして文明の力で海を渡っているという訳さ」
「別に、もう今の社会で身分を隠す必要なんてそんなに無いと思うけどね~」
確かに、昔は陰陽師なんて名乗れば大変なことになっていたかも知れないが、魔術やら異能やらで溢れ、異界や魔物が蔓延るこの現代なら陰陽師くらい名乗っても良さそうだ。
「実際、今は名乗ってしまう者も居るようだが……私は好ましくないと思っているよ。魔術士と違って、陰陽師は数が少ない。それに、その技術も秘匿性の高い物だ。だから、軽く言い触らすべきではないというのが私の考えだ」
「……ふーん」
陰陽師全員の身分が公然のものになれば、確かに危うそうではあるな。技術を盗まれる心配もそうだが、狭いコミュニティである以上、簡単に崩壊してしまいそうだ。
「――――少し良いかな? 蘆屋殿」
揺れるフェリーの中を平然と歩いて来た男が、直人に声をかけた。
「そちらの仮面の者……どういうつもりか、分かっているのだろうか?」
「はて……申し訳ありませんが、私には全く」
直人の態度に、男は目を細める。
「このような悍ましい呪物を、陰陽師の聖域に持ち込もうとは何事か……そう言っておるんだ」
「あぁ、そういうことでしたら……既に天明殿に許可は取ってありますので、そちらに尋ねて頂けると」
飽くまでも、飄々と直人は答える。蘆屋は視線すら向けようとせず、スマホを弄っている。
「ッ、許可の可否は話しておらん! どういう腹積もりか、と聞いておるんだ」
「どういう腹積もりも何も、ただ我が娘の弟子を門人試合に出すという当然の判断をしたまでのこと。確かにこの仮面は呪物なれど、あの地に影響を及ぼすことは勿論、霊力を操れる陰陽師に悪影響を及ぼせる物ではありませぬ」
「……もしものことがあれば、覚悟は出来ておろうな」
「我が一門の傷は当然、当主である私の傷。元より、そういった覚悟は十分に」
ふん、と鼻を鳴らして男は去って行った。
「誰だったんだ? 今の」
「あぁ、あの方は倉橋家の者だ。代々、島の管理を任されている」
なるほどな。それで、あんなにキレてたのか。
「倉橋家は安倍晴明の血筋に縁のある、所謂分家だ。そして、安倍晴明が作り、眠る場所であるあの島を聖域として、半ば崇めている」
「……思ってたよりも凄い島だったんだな」
「術の修行をしたり、式神を放したりする為に作った、自分の為の島だったらしいけど……最期には家の為の島になって、今では陰陽師全員の為の島になってるっぽいね」
「……そうなのか」
普通に聖域と言っても過言では無いくらいの島だな。
「とは言え、その仮面は周囲のものを構わず呪うような物では無いんだろう?」
「あぁ、大丈夫だ」
それに関しては心配は要らない。ちゃんと、安全な奴ではあるからな。装着者以外に対しては。
「あ、見えて来たよ」
「俺はさっきから見えてはいたんだが」
船は結界を通り抜け、島の領域内に入り込んだ。だが、霧が晴れたようにはっきりと見える感じはする。
「……ん?」
俺は、その感覚に眉を顰めた。
「何だ、これ」
この領域自体が、俺の仮面を浄化しようとしている?