蘆屋直人
仮面について、か。どう話すべきか迷いどころだ。
「……まぁ、これは秘密なんだが」
俺は仮面に手を当て、あっさりとそれを外して見せた。
「ッ、どういうことかな……?」
「この仮面は、顔を隠す為の理由付けに過ぎない。こんだけ呪いの強烈な仮面なら、外せないと思われても不思議は無いだろう?」
困惑した表情を見せていた直人だが、俺の手に掴まれた仮面を観察し、ふむと頷いた。
「確かに、この仮面なら疑われることも無いだろうが……名前も隠すのかな?」
「そうしようかと思っているが……バレるか?」
「相手によってはバレるだろう。占術の類いを戦闘に取り込んでいる者なら、特に」
「俺は占いの類いには映らないんだが……偽の名前を伝えた場合はバレるのか?」
確かに、バレるかも知れないな。挙動がどうなるかは分からないが。
「まぁ、名前くらいは良いか。どうせ、そう簡単に俺は探れない」
「良いの? やろうと思えば、予め用意した形代に名前を付けて、それを勇自身に見立てれば……」
提案する蘆屋に、俺は首を振った。
「大丈夫だ。それをやってバレれば、流石に蘆屋家自体が危険に陥るだろ」
「そうだね。私としてはその提案は受け入れられない」
俺と直人が言うと、蘆屋はぶぅと頬を膨らませた。
「ま、君が良いなら良いけどさ。門人試合に出る相手なんかにバレるとは思えないけどね」
「占術を使われるのはその場だけには限らないからな」
「……それはそうだけど」
蘆屋が一応納得したのを確認した後、俺は仮面を一度収納し、改めて直人を見た。
「そういう訳で、改めてよろしく頼む」
「よろしく頼む。顔と秘密を知った以上、君のことは信頼することにしよう。何より……」
直人は言いながら、蘆屋に視線を動かした。
「干炉が初めてここまで心を開いた男だ。少なからず、期待している部分もある」
「……期待?」
「お父さん? 余計なこと言わなくて良いから」
蘆屋が注意すると、直人は微笑みながら首を振った。
「そうだね。君に直接言うのも狡い話かも知れない」
期待、か。そういうことか?
「蘆屋、幾つだ?」
「僕? 今年で18だよ」
じゃあ、まだ17か。
「気が早くないか?」
「……かも、知れないね」
直人は答えるつもりは無いようで、曖昧に頷いた。普通の父親なら、17歳の娘なんてまだ嫁に出したいとは思わないだろう。少なくとも、22の俺なんかには。
「さて、この話はこれくらいにしよう。だが、折角うちに来てもらったからね……少し、うちを見ていくかい?」
「大丈夫だ。気にしなくて良い」
「そうは言わずに、見て行ってくれ。自慢の庭園があるんだ。それに、陰陽道の技術に興味があるんだろう?」
「……分かった」
何か技でも教えてくれるのかも知れない。蘆屋家の当主、その技の一つでも見せて貰えるなら、付いて行く価値はある。
♢
ボーっと庭園を見て回り、屋敷の中を歩かされる。それから連れて来られたのは、訓練場とでも言うべき砂場の空間だった。庭園とは反対側にあるその場所では、何人もの男達が装束を身に纏った状態で体を動かしていた。
「動きづらそうだな」
開口一番言った俺に、直人は苦笑した。
「勿論、無意味という訳では無いよ。式符を多く隠して置けるし、中に陣を描いておくことも出来る。あの装束こそが平安の陰陽師達が見つけた最適解という訳だ」
「動きづらいけどね」
刺すように言った蘆屋に、直人はまた苦笑した。
「それで、これはどういう訓練なんだ?」
「単純に体術の訓練と、体力強化だろう。私は門弟の育成に深く関わっている訳では無いから、詳しくは無いが」
門弟の育成か。
「アンタの弟子って訳では無いんだな」
「そうだね……門弟とは言ったが、正式に弟子としている訳では無い。蘆屋家は古来より、同じく在野の陰陽師達を纏めて術を教え、守っていた。それが、今も続いている」
なるほどな。陰陽寮を纏め上げる土御門家とは対極の存在って訳だな。
「今は特に、陰陽寮に所属していない者達の肩身は狭い。故に、彼らを守ることもまた私の役目の一つだ」
「大変そうだな」
俺が言うと、直人はふっと笑う。
「そうだね。大変だ。でも、必要なことだ。そして、今のところは君もまた、私達と同じ在野の陰陽師ということになる訳だ」
「守ってくれるのか?」
直人は笑みを浮かべたまま、首を振った。
「それは、必要ないだろう? ただ、単純に……彼らにとっても希望になると思っただけだ。自分と同じ側に居る陰陽師が門人試合でいきなり優勝したなら、普段から影に当たっている思っている彼らも、少しばかり光を感じられるんじゃないか、とね」
「そんなに自信が無いのか? こいつらは」
「……やはり、公職に就いている者には劣っていると考える者も少なくはない。実際のところ、実力で劣っているとは、私は思わないが」
直人はそのまま蘆屋に視線を向けた。つまらなそうにしている蘆屋は直人を一瞥し、視線を戻す。
「干炉もまた、希望だ。だが、蘆屋家の血を継ぐ者という壁は大きい。彼らにとって、身近な存在とは言えない」
「だから、俺なら希望になれるってことか?」
「そうだ。君は陰陽師の血を引いている訳でも無いだろう? 血統にだけ才を置いてしまう者には、良い薬になる」
どうだろうな。こんな仮面を付けてる奴なんかを身近には感じられないと思うが。
「君がかの寵児……文辻陽能を打ち倒せたなら、彼らの心の裏側を陰から陽へと転じさせることが出来ると、私はそう考えている」
「まぁ、そういう風に持っていきたいなら好きにすればいい。確かに、俺は一般家庭の出だ。それも隠してはいない」
長々と聞かされたが、俺には関係ない話だろう。
「俺は可能な限り優勝を狙う。身体能力だけで圧倒するような真似もしない。俺に迷惑が掛からない範囲でそれを利用するなら、アンタの自由だ。だが、手を貸したりはしないぞ」
「いや、それで十分だ」
直人は真面目な表情で頷き、鍛錬に励む門弟たちを見た。