表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
411/487

蘆屋直人

 仮面について、か。どう話すべきか迷いどころだ。


「……まぁ、これは秘密なんだが」


 俺は仮面に手を当て、あっさりとそれを外して見せた。


「ッ、どういうことかな……?」


「この仮面は、顔を隠す為の理由付けに過ぎない。こんだけ呪いの強烈な仮面なら、外せないと思われても不思議は無いだろう?」


 困惑した表情を見せていた直人だが、俺の手に掴まれた仮面を観察し、ふむと頷いた。


「確かに、この仮面なら疑われることも無いだろうが……名前も隠すのかな?」


「そうしようかと思っているが……バレるか?」


「相手によってはバレるだろう。占術の類いを戦闘に取り込んでいる者なら、特に」


「俺は占いの類いには映らないんだが……偽の名前を伝えた場合はバレるのか?」


 確かに、バレるかも知れないな。挙動がどうなるかは分からないが。


「まぁ、名前くらいは良いか。どうせ、そう簡単に俺は探れない」


「良いの? やろうと思えば、予め用意した形代に名前を付けて、それを勇自身に見立てれば……」


 提案する蘆屋に、俺は首を振った。


「大丈夫だ。それをやってバレれば、流石に蘆屋家自体が危険に陥るだろ」


「そうだね。私としてはその提案は受け入れられない」


 俺と直人が言うと、蘆屋はぶぅと頬を膨らませた。


「ま、君が良いなら良いけどさ。門人試合に出る相手なんかにバレるとは思えないけどね」


「占術を使われるのはその場だけには限らないからな」


「……それはそうだけど」


 蘆屋が一応納得したのを確認した後、俺は仮面を一度収納し、改めて直人を見た。


「そういう訳で、改めてよろしく頼む」


「よろしく頼む。顔と秘密を知った以上、君のことは信頼することにしよう。何より……」


 直人は言いながら、蘆屋に視線を動かした。


「干炉が初めてここまで心を開いた男だ。少なからず、期待している部分もある」


「……期待?」


「お父さん? 余計なこと言わなくて良いから」


 蘆屋が注意すると、直人は微笑みながら首を振った。


「そうだね。君に直接言うのも狡い話かも知れない」


 期待、か。そういうことか?


「蘆屋、幾つだ?」


「僕? 今年で18だよ」


 じゃあ、まだ17か。


「気が早くないか?」


「……かも、知れないね」


 直人は答えるつもりは無いようで、曖昧に頷いた。普通の父親なら、17歳の娘なんてまだ嫁に出したいとは思わないだろう。少なくとも、22の俺なんかには。


「さて、この話はこれくらいにしよう。だが、折角うちに来てもらったからね……少し、うちを見ていくかい?」


「大丈夫だ。気にしなくて良い」


「そうは言わずに、見て行ってくれ。自慢の庭園があるんだ。それに、陰陽道の技術に興味があるんだろう?」


「……分かった」


 何か技でも教えてくれるのかも知れない。蘆屋家の当主、その技の一つでも見せて貰えるなら、付いて行く価値はある。




 ♢




 ボーっと庭園を見て回り、屋敷の中を歩かされる。それから連れて来られたのは、訓練場とでも言うべき砂場の空間だった。庭園とは反対側にあるその場所では、何人もの男達が装束を身に纏った状態で体を動かしていた。


「動きづらそうだな」


 開口一番言った俺に、直人は苦笑した。


「勿論、無意味という訳では無いよ。式符を多く隠して置けるし、中に陣を描いておくことも出来る。あの装束こそが平安の陰陽師達が見つけた最適解という訳だ」


「動きづらいけどね」


 刺すように言った蘆屋に、直人はまた苦笑した。


「それで、これはどういう訓練なんだ?」


「単純に体術の訓練と、体力強化だろう。私は門弟の育成に深く関わっている訳では無いから、詳しくは無いが」


 門弟の育成か。


「アンタの弟子って訳では無いんだな」


「そうだね……門弟とは言ったが、正式に弟子としている訳では無い。蘆屋家は古来より、同じく在野の陰陽師達を纏めて術を教え、守っていた。それが、今も続いている」


 なるほどな。陰陽寮を纏め上げる土御門家とは対極の存在って訳だな。


「今は特に、陰陽寮に所属していない者達の肩身は狭い。故に、彼らを守ることもまた私の役目の一つだ」


「大変そうだな」


 俺が言うと、直人はふっと笑う。


「そうだね。大変だ。でも、必要なことだ。そして、今のところは君もまた、私達と同じ在野の陰陽師ということになる訳だ」


「守ってくれるのか?」


 直人は笑みを浮かべたまま、首を振った。


「それは、必要ないだろう? ただ、単純に……彼らにとっても希望になると思っただけだ。自分と同じ側に居る陰陽師が門人試合でいきなり優勝したなら、普段から影に当たっている思っている彼らも、少しばかり光を感じられるんじゃないか、とね」


「そんなに自信が無いのか? こいつらは」


「……やはり、公職に就いている者には劣っていると考える者も少なくはない。実際のところ、実力で劣っているとは、私は思わないが」


 直人はそのまま蘆屋に視線を向けた。つまらなそうにしている蘆屋は直人を一瞥し、視線を戻す。


「干炉もまた、希望だ。だが、蘆屋家の血を継ぐ者という壁は大きい。彼らにとって、身近な存在とは言えない」


「だから、俺なら希望になれるってことか?」


「そうだ。君は陰陽師の血を引いている訳でも無いだろう? 血統にだけ才を置いてしまう者には、良い薬になる」


 どうだろうな。こんな仮面を付けてる奴なんかを身近には感じられないと思うが。


「君がかの寵児……文辻陽能を打ち倒せたなら、彼らの心の裏側を陰から陽へと転じさせることが出来ると、私はそう考えている」


「まぁ、そういう風に持っていきたいなら好きにすればいい。確かに、俺は一般家庭の出だ。それも隠してはいない」


 長々と聞かされたが、俺には関係ない話だろう。


「俺は可能な限り優勝を狙う。身体能力だけで圧倒するような真似もしない。俺に迷惑が掛からない範囲でそれを利用するなら、アンタの自由だ。だが、手を貸したりはしないぞ」


「いや、それで十分だ」


 直人は真面目な表情で頷き、鍛錬に励む門弟たちを見た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ