蘆屋家
握手と同時に蘆屋直人の顔を観察し、分かった。こいつは、善人だ。
「……戦士の手、という奴だね」
「アンタも似たようなもんだろ?」
俺は直人の手に刻まれた傷を見て言った。しかし、直人は否定するように首を振る。
「私は陰陽師だ。剣や槍を握るようなことはあまりしない。陰陽師は無手が最も動きやすいからだ。でも、君は……得物を握って戦ってきたような、戦士だろう」
「まぁ、そうだな……敢えて言うなら、剣士だ」
一番使ってた武器は剣……というか、聖剣だからな。まぁ、魔術も滅茶苦茶使うから剣士だと胸を張っては言えないが。
「ふむ、そうだったか……やはり、君がそうなのか」
「やはり?」
思わず問い返すと、直人は頷いた。
「天明の奴とアメリカの件について話した時にな、ポロッと名前が漏れたんだ。アイツはしまったと言うような顔をしていたから、聞き流しておいたが……合点が行ったよ」
「あぁ、今度殴っておく」
アイツ、自分はマトモですみたいな面をして普通に抜けてやがる。
「はは、私からも頼むよ。アイツも偶には喝を入れられた方が良い……今はもう、行道殿くらいしか奴を叱れないからね」
少し寂しそうに直人は言った。
「陰陽寮の長とかだったか」
「そうだ。事実上、天明は陰陽師の頂点……立場上、口出し出来るのは顧問である加茂家の行道殿くらいのものだ」
加茂行道……あぁ、あの爺さんか。大嶽丸の討伐にも来ていたな。
「旧友である私からも何か言ってやりたいところだが……陰陽寮に属さない私が口出しすれば、周りからの見え方は良くないだろう。そうなれば、蘆屋家全体が白眼視される」
「そもそも、そんな口出ししなければいけないくらい好き勝手やってるのか?」
俺が尋ねると、直人は難しそうに俯いた。
「傍若無人に振舞っている、とまでは言わないが……奴は大雑把な性格だ。弟の影人が細かい部分の始末をしてくれてはいるが、問題は度々起こっていると聞く」
「意外と問題児だったんだな、アイツ」
「……そもそも、天明は上に立つには向いていない性格だ。天明自身も嫌がっていた。だが、その立場と実力から陰陽寮の長の座を拒むことは許されなかった。実際、奴は文句無く陰陽師の頂に立てる実力を持っていた」
陰陽寮の長を務めるのは土御門家の役目らしいからな。長男だった天明に実力も備わっているとなれば、弟や別の人間を長に据える必要は無いだろうな。少なくとも、周りから見れば。
「天明はいつも自由に動きたがる。そうして与えられた任務以外でも好き放題に成果を上げて来るのが奴の常だった。だが、長の立場でそれをすれば問題も起きる」
なるほどな。確かに、王には向いてない性格に思える。
「本格的に長としての仕事を任せられるようになってからは、忙しさの余りそういうことは減ったが……代わりに、今度は息子の世話をする暇を失った」
「……」
直人が話し出すと、蘆屋が……干炉が少し嫌そうな顔をした。
「天明の妻は早くに亡くなってしまった。だが、天明には息子の世話をする時間が無い。余裕が出来ても、土御門家の役目として陰陽道を教えなければいけない。アイツも不器用だから、その時間を使って遊んでやるようなことも出来なかったんだろう」
そもそも、子育てが苦手そうな奴だからな。
「……それで同じ境遇の僕にシンパシーを感じてるのかちょっかいかけてくるの、本当に面倒臭いんだよね」
こいつも、そうなのか。
「あは、僕は大丈夫だよ。アイツと違って強いから……お母さんの分も、背負って生きていくって決めてる」
「……」
黙り込む直人。しかし、背負うか。まぁ、何かあったんだろうな。
「そういえば、今回の門人試合……善也君の弟子も出るらしいね」
「どうでもいいよ」
仲悪そうだな。天明とこいつは仲良さそうなんだが。
「彼の弟子は陽能君だ。どうでもいいと割り切れる相手では無いよ」
「んーん、どうでもいい」
蘆屋は笑う訳でも無く、俺の方を見た。
「どうせ、勇に勝つのは無理だよ」
「……門人試合では基本的に陰陽道しか使えない。禁じられていないとはいえ、ただ闘気と剣で戦うようなやり方は……」
蘆屋は手を突き出し、直人の言葉を止めた。
「僕は純粋に陰陽道だけの評価で言ってるんだ。確かに勇は身体能力と剣だけでも優勝出来ると思うけど、可能な限り陰陽道で戦うって勇も言ってるし」
「あぁ、そのつもりだ。相手の術や戦い方も見たいしな」
「……随分と余裕がありそうだね?」
直人は俺の目の奥を覗くようにこちらを見た。
「というか、別に負けても死にはしないからな。どうせなら相手の技を盗める方が良い」
「良い考えではあるが、娘の為を思うなら勝って欲しいところだね」
「僕は別に、勇の好きにしてくれたらいいよ」
蘆屋が言うと、直人はふむと頷き、こちらを見た。
「ところで何だが……その仮面について、そろそろ聞いても良いかな?」
「あぁ、すまん」
気を遣って触れて無かったんだろうな。俺は忘れていた。