陰陽道、実践編。
まぁ、参考にはなった。特定の属性を好んで使う陰陽師は少なく無いらしいが、この陰陽師は水に特化した陰陽師だったんだろう。
「ほら、大丈夫か?」
女の腕を掴んでいた鬼の腕を斬り落とし、俺は視線をそちらに向けた。
「ッ、は、はい!」
「俺がやっても良いんだな?」
問いかけると、女はこくこくと激しく頷いた。
「グォォ……ッ!!」
鬼に視線を戻すと、両腕は既に再生し、怒りの形相でこちらを睨み付けていた。
「逃げとけ」
「ッ、はい!」
女は刀を拾うとどこかに消え、鬼は拳を振り上げた。
「グォオオオオオオオオオオオオッッ!!!」
「随分激しいな」
地面に叩き付けられた拳。そこから四方八方に亀裂が走り、紫色の炎が噴き出した。更に、鬼の体にもビリビリと亀裂が走り、同じ炎が噴き出していく。
「グォォ……グォォォォ……ッ!!」
「それが全力ってことか」
黒く染まった皮膚に走る亀裂から噴き出す紫の炎。どこか苦しそうにしているその様から察するに、無理して出している本気ってことだろう。
「来い」
「グォオオオオオオオオオオオオッッ!!!」
俺の言葉に誘われてか、飛び掛かって来た鬼。振り下ろされる拳。紫色の炎が撒き散らされ、大地を、空気を、木々を焼く。
「グォオオオオオオオオッ!!」
「速いな」
俺よりも。パワーもある。どうやら、こいつも相当な化け物らしい。
「グォオ……グォオオオオオオッ!!」
鬼が両の手の平を前に出し、そこに妖力を集中させると、紫色の炎が螺旋状に渦巻きながらこちらに放たれた。
「『霊流壁』」
俺の目の前に青白く半透明な霊力の壁が展開され、紫の炎を受け止める。半球状になっており、表面に無数の道があり、流動しているその壁は紫の炎をそのまま受け流した。
「『それは、空に在り』」
「グォォ……ッ!」
無傷の俺を見て牙を剥く鬼。構うことなく、俺は陰陽道の詠唱に入った。
「『陽光の下にあり、月光の下にあり』」
「グォオオオオオオオオオッッ!!!」
紫の炎を軌跡のように残しながら、鬼は猛烈な勢いで飛び掛かって来る。俺は後ろに跳んで拳を躱し、鬼の動きをしっかりと捉える。
「『生じては消える、流転の雲よ』」
俺の体から霊力が天へと昇って行き、空に広がる。
「『今、陰陽の力を以って形を与えん』」
「グォオオオオオオオオオッッ!!!」
殴り掛かって来る鬼。俺は紫の炎を宿す拳を剣でいなし、そのまま横を抜けて距離を離す。
「『群雲』」
空に広がっていた雲達が、一斉に青白い光を放ち、動き出す。真っ直ぐに地面に落ちて来る雲は、俺と鬼の間に挟まり、俺を守るように動く。
「グォオオオオオオッッ!!」
雲を飛び越えてこちらに向かおうとする鬼だが、青白い雲は鬼を逃さずに無数の腕で捕らえた。
「グォオオオオッ、グォオオオオオオオッ!!」
空中で動きを止められた鬼は暴れ、自身を拘束する雲を殴りつけて霧散させる。しかし、その度に新たな雲の腕が鬼を掴み、その動きを止め続ける。
「呑み込め」
更に霊力を融通すると、雲は青白い光を強め、その体を膨らませて鬼の全身を呑み込んでしまう。
「『吸転球』」
紫の炎を溢れさせ、雲の中で抵抗する鬼。しかし、発動した陰陽術により、鬼を包みこむ雲や紫の炎の全てを巻き込む回転が発生する。それは雲や炎のエネルギーを取り込み、勢いを増しては小さく小さく、球状に収まっていく。
「グォオオオオオオオ――――ッ!」
回転に巻き込まれた鬼は内部でぐちゃぐちゃに歪み、引き裂かれ、分解されて雲と混ざり合い……飴玉のような小さな球体となり、そして粉々に砕け散った。
「悪くないな」
最初の狼のような雑魚を除けば初めての実戦だったが、陰陽道の感触は悪くない。確かにこれは、魔術に匹敵する技術だ。
「あ、あの……」
少し離れた場所から様子を窺っていたらしい女が現れ、恐る恐ると言った様子で声をかけて来る。
「貴方は、誰ですか?」
「……秘密だ」
どうせバレることになりそうだが、一応な。
「じゃあ、えっと……その仮面は?」
「呪いの仮面だ」
見ての通りな。
「です、よね……あの、一応私も解呪の心得はありますっ!」
「止めといた方が良い。下手に触れると、アンタが呪われることになる」
これも嘘じゃない。この仮面自体は相当にヤバい代物だからな。中途半端に解呪しようなんてしたもんなら、そいつが悲惨な目に遭うこと請け合いだ。
「でしたら、あのっ、天明様にお取次ぎ出来るかも知れません! 天明様なら、例えどれほど強力な呪いでも……」
「無理だ」
実際、こいつの呪いを解くのは天明でも難しいだろう。大昔の天才が呪術で作ったらしい仮面で、老練の聖職者ですら解呪には時間を要するって話だったからな。
「……そんな……なら、貴方は……」
「別に気にしなくて良い。死ぬ訳じゃない」
滅茶苦茶にヤバい仮面ではあるが、俺には何の効力も発揮しない。元も子も無いが、俺に呪いの類いは効かないからな。
「……助けてくれて、ありがとうございました」
「いや、俺は戦いたかっただけだ」
それに、勝手に術なんかも見させて貰ったしな。
「その呪いを解ける人が居ないか、私の方でも探してみます!」
「……まぁ、頼んだ」
解いてもらう必要なんか微塵もないんだが、断るのもおかしな話ではあるからな。
「じゃあな」
「は、はい! ありが――――」
俺は術によってその場から消え、悪霊だらけの領域を抜け出した。