水の陰陽師
腕を斬り落とされた鬼。しかし、その動きは全く鈍ることなく、残った片腕で襲い掛かる。
「グォオオオオオオオッ!!」
「なッ!?」
碧は焦りながらも飛び退き、ギリギリで鬼の拳を回避する。
「『清流霊屠』」
そこから更に距離を離した碧は、式符を懐から抜き放ち、霊力によって刻まれた術を起動する。式符の中から凄まじい量の青い水が津波のように溢れ、鬼へと襲い掛かる。
「グォオオオオオオオッ!!」
「これ、は……ッ!」
それ自体が触れただけで悪鬼悪霊を浄化する能力を持つ水流。それを前にした鬼は咆哮を上げながら腕を再生させ、今までの数倍の妖力を全身から溢れさせる。
「グォオオオッ!!」
再生した拳を地面に叩き付けた鬼。すると、妖力に夜紫色の衝撃波が迸り、迫る水流を弾き飛ばしてしまった。
「えッ!?」
「グォオオオオオッ!!」
驚愕する碧。その間に鬼は跳躍し、碧へと頭上から飛び掛かった。
「『十錬鉄打』」
碧は頭上の鬼を見据え、刀を構えて陰陽の術を行使した。霊力が巡り、碧の腕に青色の線が走る。
「はぁあああああああッ!!!」
「グォオオオオオオオッ!!!」
青色の線が光りを帯び、碧は目にも留まらぬ速度で頭上から迫る鬼へと刀を振るう。空中で回避行動はとれない鬼だが、その拳で刀を弾き、頑強な皮膚は例え斬られようと肉までは裂かせない。
「ぐッ!?」
碧の斬撃を空中で耐え切った鬼は、その拳を碧の腕に直撃させた。碧は後ろに吹き飛び、受け身は取れたが、刀を取り落としてしまう。
「グォオオオオオオオオッ!!」
「くっ、不味い……!」
碧は鬼の拳を後ろに転がって回避し、立ち上がりながら離れた場所に刺さっている刀を睨む。
(拾うのは無理……逃げるのも、無理……!)
碧は懐から式符を数枚取り出し、空中にばら撒く。
「『式神召喚・模り蛟』」
その内の一枚から文字が抜け出し、虎のように大きな蛇が現れる。但し、その蛇には短い四肢があり、角があり、何よりその体は全てが青い水によって作られていた。
「『水流鎖』」
更に、残りの二枚から水流が鎖となって迸り、鬼の両腕を捕まえる。
「グォオオオオオオオッ!!!」
「蛟、お願い!」
咆哮と共に妖力が溢れる。鬼は簡単に手首に絡み付く水の鎖を破壊し、正面から迫る蛟を殴り飛ばす。しかし、その隙に碧は刀の方へと走っている。
「良し、今なら……」
「グォオオオオオッ!!」
鬼は碧の方を向くと、片足で地面を強く踏みつける。すると、そこから地面に亀裂が迸り、碧と刀を引き離すように、その亀裂から妖力の炎を噴き上げさせた。
「ッ、この程度……!」
碧は霊力を纏い、青い水のように変質させてそのまま炎の中を通り抜けた。
「グォォオオオ……」
「なッ!?」
しかし、そこには既に鬼が立っており、碧の刀は鬼がその手に握っていた。横から飛び掛かる蛟を鬼はその刀で斬り裂くと、満足気に笑みを浮かべる。
「か、返して……ッ!」
碧は式符を握り締め、鬼の方へと走る。振り下ろされた刀は素人同然の扱いで、碧は何とか避けることが出来た。
「『溢れよ、霊水瀑』」
鬼の懐に潜り込んだ碧は式符を鬼の腹に叩き付け、その術を起動した。
「グォォ……ッ!?」
すると、鬼の体内から浄化能力を持つ青い水流が溢れ出し、鬼は苦悶の表情で膝を突いた。
「良しッ、これでッ!」
碧は鬼の手に握られた刀へと手を伸ばし……その腕を、恐ろしい鬼の手に掴まれた。
「ッ!」
「グォォォォォ……!!」
反射的に顔を上げる碧。そこには、口から紫色の炎を吐き出す、怒りの形相の悪鬼が居た。碧が体内に溢れさせた霊水を、鬼は妖力の炎で全て蒸発させたのだ。
「い、ぃゃ……」
鬼はにたりと笑い、碧の腕を持ち上げてその全身を視界に収める。何とか式符を取り出そうと片腕を服の内側へ潜らせたと同時に、鬼は碧の片腕を握る力を強め……
「ぎッ!?」
「グォォ」
走る激痛に苦悶の表情を浮かべ、式符を取り落とす碧。鬼はもう式符を取り出させぬよう、握った刀で碧の片腕を斬り落とそうと振り上げ……
「勝てないのか」
現れた男が刀を持つ鬼の片腕を斬り落とし、確かめるように自分の仮面に触れた。
「だったら、俺がやっても良いよな?」
「ッ!」
その不気味な黒い仮面から漂う凄まじい呪いの気配に、碧は息を呑んだ。