戦闘術式、天式
戦闘術式の再現。中々に難航はしたが、それでも一週間程度で完成を迎えた。
「戦闘術式、天式」
見慣れた竹林の中で、俺は一言呟いた。瞬間、俺の目が白く染まり、全身から霊力が滲み出す。
「おぉぉぉ……! 凄い、カッコいいね!」
「見た目はどうでも良いんだが」
完全に起動するのはこれが初めてだ。ここから調整すべきことが見つかるかも知れないから、そういうところを見て欲しいんだが。
「あはっ、じゃあちょっと失礼するね?」
蘆屋は一言断ると、俺の胸にすっと触れた。しかし、それでは満足できなかったのか服を下からめくり、直接手を忍び込ませてくる。
「ん、んー……今のところ、安定してそうかな?」
「そうだな。特に問題が発生している感じはしない」
蘆屋は暫くすると、満足したのか俺の胸から手を離した。
「肝心の性能面だな」
「うん。なんか使ってみて」
俺は手を合わせ、目を瞑った。
「『行を裂き、無明へ還す』」
手を僅かに動かし、緩やかに手印を結ぶ。
「『滅行無常』」
竹の一本が闇に包まれ、刺さっていた土ごと竹は消え去った。
「へぇ、凄い……結構難しい術なのに完璧」
「あぁ、本当の俺なら使えないだろうな」
最適化と構築、演算まで全て補助する戦闘術式は補助輪どころかパワードスーツくらいの代物だ。
「これなら……いきなり、優勝出来そうかも」
「寧ろ、こんだけやって優勝出来なかったら困る」
戦闘術式、天式。コイツの本質は情報だ。本来の戦闘術式は背理の城塞や様々な術が組み込まれた、正に戦闘術式と言ったところだが、天式は陰陽道の補助と言う一点に特化している。
天式の能力に身体強化は無い。代わりに、霊力の生成や術の構築を凄まじい速度で行うことが出来る。そして、戦闘術式と同じくして高い情報収集能力を持つ。特に、相手の術を解析する能力に関しては凄まじい性能を誇る。
「後は術を沢山習得するだけだな」
「簡単に言うけど、色々やってもらうことはあるからね? 陰陽道がそんなに浅い物だと思われちゃ困るよ」
それは良かった。奥深ければ奥深いモノであるほど、極める意味があるからな。
「それに、勇はまだ陰陽道のメインコンテンツに触れて無いんだからさ」
「……何だそりゃ」
蘆屋はにやりと笑い、式符を宙に投げた。
「『式神召喚』」
毛むくじゃらの風船のようなものが現れ、ふよふよと宙に浮く。
「これ」
「式神か」
確かに、俺が陰陽道に可能性を感じたのも式神あってのことだ。式神無くして陰陽道あらずと言える程、式神は陰陽道にとって切っても切れない存在だろう。
「それに、式符も自分で作れるようにならないとね」
「あぁ、そうだな」
式符もまた陰陽道の強みの一つだ。魔術にも似たような仕組みの物はあるが、陰陽道の式符程に先進的ではない。
「もっと実戦的に試したいところだが……丁度良い相手なんかは居ないのか?」
「ふふ、だったら……胸を貸してあげるよ、お師様がね!」
そっちが良いなら願ったり叶ったりだが……
「負けても知らないぞ?」
「ほぉ、言うねぇ?」
蘆屋は楽しそうに笑い、歩いて俺から離れると、式符を何枚か指に挟んで取り出した。
「コテンパンにしてあげるよ、勇!」
「やれるもんなら、な」
宙を舞っていた毛むくじゃらの式神がふわふわと落ちていく。それが地面に着いた瞬間、俺達は動き出した。
普通に負けた。無残な姿になった竹林の中で、俺と蘆屋は座り込んでいた。
「ふー、焦ったぁ……素の身体能力高すぎて意味分かんないんだけど」
「初手で倒すつもりだったんだが……流石に予想されてたな」
陰陽師相手に時間を与えれば不利になるのは分かっていたからな。最初の一番無防備な瞬間を狙って勝つつもりだったんだが……流石に読まれていた。
「正直、勝つつもりだった」
「ふふっ、準備して無かったとはいえ、流石にこっちの土俵では負ける気は無いよ」
ステータスのゴリ押しで勝てるだろうという考えはあった。だが、甘かったらしい。魔力も闘気も使わない状態とは言え、負けるとは思わなかった。
「ま、今回は単純に手札が少なかったね」
「そうだな……有効に思える術が二つ、三つ程度しか無かった」
結果、殆ど接近して殴りに行く脳筋戦法になってしまった訳だが……転移能力を持つ青い鳥のせいで、それも上手くはいかなかった。
「因みにだが、今の状態で負けそうな相手とかは居るか?」
「んー……分かんないけど、厄介そうな相手の噂は聞いてるよ」
居るのか。
「うん。なんか、小っちゃい頃から聡明で、すんごい量の霊力を持ってる子が居るとか。陰陽寮の中の話だから、僕は良く知らないけど」
「霊力が多い、か……」
霊力を増やす方法は、魂の格を上げること、つまり位階を上げることと、精神の修行をすること、そして霊力をひたすらに使い、精神体と因果体を拡張することだ。
「凄い奴の生まれ変わりとかなのかもな」
「あー、あるかもね」
まぁ、霊力が多いくらいの奴なら問題無いだろう。
「あと、他にも期待されてる子が何人か居るらしいけど……僕、あんまりそこら辺の話聞かないから分からないんだよねぇ」
「一応、ちゃんと鍛えておくに越したことは無いな」
門人試合があるのは、八月の終わりだ。天明やらに勝つのは無理だろうが、門人試合で優勝する程度ならそれまでには仕上げられるだろう。