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春石紫園

 立ち上がった紫園は、地面に転がる仲間達を一瞥して口を開く。


「一応、全員無事ではあるようね」


「そいつらに関しては、先に記憶は消してはいるが、それ以上のことはしてないな」


 俺が言うと、紫園は眉を顰めた。


「……先にってことは、私の記憶も消すつもりかしら?」


「あぁ、いや、言葉の綾だ。アンタの記憶を消すのは正直無駄になる可能性も高いと思ってる。だから、こうして記憶を消さずに話をするって形を取った訳だ」


「……なるほどね」


 紫園は一息吐き、転がっていた椅子を立ててそこに座った。


「繰り返しになるが、俺がやったことは単なる正当防衛だ」


「最初から最後まで、事の顛末を聞かせて貰っても良いかしら?」


 俺は頷き、何から話すべきか考えた。


「結社の第七位については知ってるよな?」


「知ってるわ。凄く良い子よね」


 あぁ、そういう認識なんだな。


「まぁ、ちょっとした知り合いなんだ。それで、話すことがあって結社に行ったんだが……その様子を、そこに転がってる奴らに見られてたらしくてな」


「あぁ、この子達も良く瑠奈ちゃんの話はしてたわね」


 知ってるのか。だったら、話は早いかも知れないな。


「それで、帰り際に急に魔法陣が出てきて拘束されたんだ」


「……」


 話の流れから察したのか、紫園は目を細めた。


「青く光る水みたいな触手に四肢を掴まれたって感じだったな」


「……この子ね」


 紫園が転がる男たちの一人を指差して言う。心当たりのある魔術だったらしい。


「その後、同じような水のカエルが出てきてな。瑠奈を毒牙にかけた君を決して許さないみたいなことを言われてな」


「……」


 紫園は何とも言えない表情で口に手を当てている。


「こいつらの中では俺が瑠奈を洗脳したことになってたらしく、その洗脳の方法を教えないと殺すって脅しをかけられた。洗脳を解けならまだしも、やり方を教えろってことは……大方、自分達が瑠奈を洗脳しようとしたんだろうな」


 洗脳が得意分野の上司が居たからこそ、俺が瑠奈を洗脳したって発想が真っ先に出てきたのかも知れないな。ていうか、こいつらは洗脳系の魔術については習ってないのか?


「それから直ぐに俺はこいつらの下まで転移し、全員を一発ずつ殴って記憶を消した」


 話が終わったのを察したのか、紫園は俺の方を見た。


「それが、事の顛末だ」


 俺は口を閉じ、紫園を見た。紫の瞳が小さく揺れる。


「……正直、この子達がそんなことをするとは思えないわ」


 まぁ、こいつの視点ではそうだろうな。


「私は仮にも精神魔術の使い手よ。結社でも第八位のね」


「そうだな」


 現代の魔術界においては頂点に近い存在だろう。こと精神魔術においては。


「だから、私は人の考えというか……精神性を見抜くのは得意な方なの。彼らについても、誰がどんな子かっていうのは細かに把握してるわ」


 まぁ、この子達なんて呼び方だからな。愛着はある奴らなんだろう。


「確かに、ちょっと卑屈なところもある子は居るけれど……間違いなく、確認も取らずに脅しをかけたり、瑠奈ちゃんを傷付けようとするような子達では無い筈なのよ」


「だが、現に俺は手を出されている。それに、アイツらの記憶を弄った時には大した違和感も無かったぞ?」


 洗脳されてたり、俺を襲ってきた転移使いのアイツみたいに誘導を受けてる訳でも無いように見えた。


「俺でも気付けないくらい巧妙な術を掛けられてるって可能性も、無くは無いが」


「……それは、私には分からないわ」


 一瞬の後、紫園は目線を俺に合わせる。


「ただ、一つ言えるのは……今、私は貴方が嘘を吐いているようにも見えないの」


「……それは、矛盾してるように思えるが」


 紫園は首を振る。


「きっと、彼らが貴方を襲ったことは事実だと思うわ。でも、そこには何らかの要因があると思うの。というよりも、無いと有り得ないわ」


「……まぁ、あの時の俺はちょっと苛ついてたからな。もしかしたら気付かなかった可能性もあるが」


 本当は術にかかってたりしたのかも知れん。流石に、気付かないなんてことは無いと思うんだがな。


「別に、私はこの子達が可愛いから言ってる訳じゃないわ。人間っていうのは、無限の可能性を秘めてるように思えて……実は、初めから決まった行動しか取れない生き物なの」


 俺は口を閉じたまま、続きを促した。


「簡単に例えれば、普通の人間っていうのは……家で友達と遊んでいたとして、突然頭の中に目の前の友達をナイフで刺し殺すなんて考えが浮かんだとしても、絶対に実行は出来ないのよ。これは確率とかじゃなくて、絶対よ」


 紫園は俺の反応を確かめると、話を続ける。


「もしその考えのままに相手を殺すには、その人が普通じゃない必要があるわ。例えば、生まれつきのモノだったり、家庭環境でそうなったり、何かの本や誰かの話に感化されたり……要因が無い限り、思いついても絶対に行動出来ないことって本当に沢山あるの」


 まぁ、言いたいことは分かる。フラグが無いとルートが解放されない的な話だろう。


「私は彼らに魔術を教える中で、彼らの思考回路や精神性について良く知っているけれど……彼らがそんな行動をする可能性は、私の精神魔術論においては絶対に有り得ないと言えるわ」


「じゃあ、アンタの中ではどうして俺は襲われたことになる」


「私が目を離している間に何か大きな刺激を受けたか、直接的な干渉を受けたかしか有り得ない……そう、考えてるわ」


「……誰かに唆された可能性も、無いとは言わないが」


 俺は頷き、溜息を吐いた。


「何にしろ、俺が白だってことは認めてくれたってことで良いんだな?」


「ん、そうね……」


 紫園はまだ思考に耽っているように見える。


「だったら、もう俺とアンタの間に用は無いと思うんだが」


「……そうね」


 俺の言葉に、紫園は頷いた。


「話が本当なら、とても許されないことをしたわね……ごめんなさい」


「別に良い。もう殴ったし記憶も消したからな。それに、色々と妙な所もあるし、証拠も無い。まぁ、アイツを送り込んで来たことに関しては謝罪を受け入れておく」


 向こうからすれば、俺は部下を殴って全員の記憶を消してるヤバい奴だからな。俺を警戒してる以上、最初から事情を聞くために対話するって選択肢は取りづらかったとは思うが。


「あと、ミミには謝っておけよ。アイツは完全に無関係だ」


「そう、ね……」


 紫園は憂鬱そうに深く息を吐き出した。

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