答えか、対話か。
アマイモン。人間としての名は佐藤甘美。出来れば関わり合いになりたくないタイプの相手だが、この状況では無視する訳にもいかない。
(……何の用だ?)
『決まっている。君にはアスモデウスを助けられた恩があるからね……それに、次に会う時は友として、そう約束しただろう? 悪魔との約束は破れないんだ。ふふ』
死ぬ程怪しい上に、絶対に頼りたくないような相手ではあるが……
(どうやって助けるつもりだ?)
『私も結社に所属する魔術士の一人だ。当然、第八位のことについては良く知っているし……彼女の言う仲間、つまり弟子達の居場所も既に把握しているよ』
(……アスモデウスを助けた貸しを、無しにするだけだ)
『ふふ、分かっているよ。それに、私達は友なんだ……助け合うくらい、当然のことだろう?』
黙りこくっている俺に痺れを切らしたのか、女が一歩ずつ近付いて来る。
(それと、殺しは無しだ)
『勿論、分かっているとも』
目の前で立ち止まった女は、仮面を付けたままでもこちらを睨み付けているのが分かる。
「ねぇ……いい加減にしないと喋っちゃうわよ?」
「あぁ、ちょっと悩んでた」
俺は女に向き直った。
「しかし、随分慎重なんだな……人質を用意している状態ですら、本体で来ないなんてな」
「ッ、流石に気付くのね」
本物のように見える女の体は、一種の幻影だ。実体はあるが、本体そのものと言う訳じゃない。
「でも、そんなの関係無いでしょう? ほら、答えを聞かせて?」
「あぁ、そうだな……答えなんだが」
俺の頭の中に、悪魔の声が響く。
『全員、夢の中だ』
俺は女の分身に片手で触れた。
「直接、会って聞かせてやる」
「ッ!」
残念、もう接続を切っても遅い。
「――――答えは、ノーだ」
俺は目の前で驚愕と恐怖に目を見開く女の伸ばした腕を掴み、その動きを停止させた。黒髪の分身とは違って、本体は紫色の髪が特徴的な人間……予想通りの、春石紫園だった。
「思えば、アンタの部下だか弟子だかを殴った時も似たような状況だったな」
「ッ! くっ、魔術が使えない……!?」
直接触れて魔術発動を阻害し続けている以上、こいつの腕じゃ魔術は使えないだろう。
「この際だからもう一度言わせて貰うが……アレは、正当防衛だ」
「そん、なの……!」
信じようが信じまいが、関係ない。
「安心しろ。結社の魔術師を殺せば面倒なことになるのは分かってるからな。ただ、アンタも部下と同じように記憶を失うだけだ」
「がッ!? ぐッ、ぉ……」
俺は腕から流す魔力によって女を簡単に気絶させた。
「アマイモン。他の奴もここに連れて来れるか?」
俺が尋ねると、ペガサスに乗った美青年と共に白髪の女が現れた。
「ふふ、お安い御用だ。私のセーレならば、転移の痕跡も残さずに連れて来ることが出来る」
セーレはこくりと頷くと、その場から消えた。思えば、俺だってバレたのは転移を使ったからだろうな。転移はどうしても痕跡が残りやすい。
「終わりました」
声と共にセーレが現れ、どさりと気絶している者達が地面に転がった。
「さて、辻褄を合わせるのは面倒だが……頑張るか」
他人の記憶を弄るのは、苦手な上に好きでも無いんだがな。
♢
紫園以外の記憶を弄り終えた俺は、薄暗い紫園の部屋にあったソファの上に座り込み、地面に転がった紫園を見下ろしていた。
「……どうするべきか」
「記憶は処理したんだろう。まだ悩むことがあるのかな?」
ある。紫園以外の奴らはどうでも良いんだが、こいつだけは別だ。
「こいつは精神系の魔術に特化した魔術師だ。アンタも知っての通り、第八位のな」
「そうだね」
アマイモンは全て分かっているような笑みで頷いた。
「だから、記憶の操作についてはいつか勘付かれる可能性が高いと思ってな。勿論、俺が犯人だとは直ぐに分からないとは思うが……ミミの配信を手掛かりに俺と言う存在に再び気付く可能性もある訳だ」
それに、予めどこかに記憶や記録を保管している可能性もある。そうなったら、今度はもっと慎重に事を進めるだろう。その時は、最初から完全な敵対状態である可能性も高い。
「ふふ、だったら……消してあげようか?」
「いや、良い。もし消すにしても、俺が自分でやる」
この世から痕跡一つ残さず、存在ごと消去する。アマイモンの言う消すってのは、恐らくそういうことだろう。だが、そこまでする必要があることをされた訳じゃない。
「……もう一度、話すか」
しっかり、話させて貰おう。今度は俺が有利な状態だ。
「ふふ。彼女を起こすなら、一度私はお暇させて貰うよ」
「あぁ」
アマイモンがセーレと共にその場から消える。俺は一息吐いて紫園に意識を向けた。
「……起きろ」
地面に転がる者達の中から、紫園だけを起こす。紫園は俺を見るなり目を剥き、後退りながらなんとか立ち上がろうとして、地面に転がった仲間にぶつかって体勢を崩す。
「ッ、貴方……!」
「一旦落ち着け。俺は話がしたいだけだ」
紫園は状況を確認し終えると、何度か息を落ち着けて立ち上がった。