交渉か、対話か
目の前に広がった光景は、何というか予想外だった。紫色の閉ざされた空間。ミミと女は並んで立っており、黒髪の女は白色の仮面を付けている。
「それで、アンタは誰なんだ?」
尋ねた後、俺は宙を舞う配信用ドローンに意識を向けた。配信してるとは言っていたが、視聴者の奴らはどういう状況だと認識しているのか気になったからだ。
”うぉおおおおおお!! マジで来たあああああ!!”
”ん、話違くね?”
”知り合いじゃなかったん?”
”やっぱ怪しくねこの女”
”仮面付けてる時点で怪しいだろ”
仮面付けてるのは俺も何だが……まぁ、どうでも良いか。
「答える気は無いのか?」
「全員を殴打し、気絶させた後に記憶を操作……覚えは無いかしら?」
「分からん」
良いから、はっきり言えよ。
「仕方ないわね……一度、音を消すわ」
女はドローンに意識を向けた。配信に伝わる音を消したんだろう。
「私は結社の人間よ。音を戻すけれど、話したら許さないわよ?」
「あぁ。しかし、そうか……ということは、やっぱりあの襲撃はアンタの仕業か」
俺が言うと、女から僅かな怒気が漂った。
「えぇ、そうだけど……あんまりペラペラと喋るもんじゃないわよ?」
女がそう言うと、ミミがその腕の中に自ら収まった。
”は?”
”ミミちゃん離せよ!!”
”一瞬音消えたけど何?”
”こいつやばくね?”
”マジで通報しようぜこれ”
「ミミも、同じように操ってる訳だな?」
「ふふ、その通り……さて、話は戻るけれど、貴方が手を出した相手、思い出せたかしら?」
魔術結社の奴ってことだよな……?
「ちょっと、本気で記憶を探ってみるか」
「初めからそうしなさいよ」
俺は目を瞑り、自身の記憶を辿った。そして、確かに辿り着いた。
「……アイツらかよ」
「ッ、やっぱり心当たりはあるようね?」
心当たりがあるというか、もう思い出した。瑠奈との関わりに対して難癖を付けて来た奴らだ。直接殴り飛ばしてから記憶を消したんだったな。
「あぁ、完全に思い出した。突然襲い掛かってきたからな。撃退したんだが、流石に結社の構成員を殴ると面倒なことになるかと思って記憶を消したんだが……まさか、結社の第八位の部下だとは思わなかったな」
「……貴方、結社がどうとか喋るのやめなさい?」
そうだったな。チラリとチャットを見ると、結社という言葉自体は入ったようだが、第八位の部分までは音が消されて聞こえていなかったらしい。
「正直、アレに関しては正当防衛だと思ってるが」
「でも、貴方が彼らの記憶を消した以上……貴方の喋っている内容が真実であるとは証明出来ないわね?」
確かにそうだな。
「だけど、私の力があれば証明も出来るわ」
「どうやってだ?」
まぁ、察しは付いてるんだが。
「貴方の記憶を見させて貰うわ」
「断る」
記憶だけは、見られると面倒だ。
「……私と敵対したいってことで良いかしら? 貴方の情報がばら撒かれても問題ないってことよね?」
「いや……条件がある」
女は続きを促すように黙っている。
「事件が起きた日時は覚えてるんだよな? 該当部分だけを見るように努めてくれ。それと、無関係な部分に関しては見た後に記憶を消させて貰う」
「……嫌よ」
断るか。
「事件に関係あるかどうかを判断するのは貴方でしょう? それに、同じ技を持つ私が自分の記憶を操作させる危険性を把握してないと思う?」
「アンタも俺の記憶に触れるって言うんだから、フェアだろ。それに、契約したって良い」
「私達本職が契約について知らないと思ってるの? 当事者のどちらかが用意した契約なんて信用できる訳が無いでしょ」
「なら、第三者でも用意すれば良い」
”なんか白熱してきたな”
”これ本当にドッキリとかじゃ無いの? ヤバくない?”
”マジでどういう状況なんだこれ……”
”多分女は結社の人間で、仲間に危害を加えられてて、その仲間は記憶を消されてる。でも、男が言うにはそれは正当防衛で、自分の記憶を見せても良いけど条件があるって言ってる。女はその条件を呑みたくないから、話は平行線になったってところだな”
”黒仮面、記憶も弄れるとか最強か?”
「第三者? 何処から用意するの? どっちが? どれだけの時間を掛けるつもり? 言っておくけど、私は長引かせるつもりは無いわよ。時間を与えれば不利になるのは私だって分かってるわ」
余りに長引けばセッティングしたこの状況が消滅し、警察やらの介入が入る可能性もあるだろう。そうなれば、折角築いた向こうの有利も消える。
「勿論、約束で良ければしてあげるわ。私が見た貴方の記憶については口外しないって」
「……既に、俺からアンタへの信用は無い」
使い魔達から上がって来る報告では、まだこの女の仲間というのは特定できていない。配信を見ている奴らを片っ端から調べているようだが、この短時間じゃ難しいだろう。
「なら、どうするの?」
「……」
仕方ない。この場は記憶を見せて、後で処理しに行こう。記憶を別の場所に保管されたり、直ぐに共有されたりする危険性はあるが……
『――――やぁ、親愛なる友よ』
俺の頭の中に、声が響いた。
『久し振りだね。覚えているかい? 私はアマイモン、東の魔王さ』
アマイモン。俺が封じていたアスモデウスの主である、厄介な悪魔だ。