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蘆屋んち

 紫色の長髪を垂らした女が街を歩く。若さと妖艶さを備え合わせた美女が歩けば普通は視線が集まるものだが、彼女に限っては誰一人として一瞥も向けなかった。


「……ふふ、居た居た」


 女は、どこか疲れた様子の一人の少女を見つけて微笑み、歩み寄ってその肩に触れた。


「こんにちは、ミミさん」


「ッ! な、何です……?」


 気配すら感じられなかった女に驚きながらも、少女は尋ねる。女は微笑みを浮かべたまま、指を一つ立てた。


「少し、聞きたいことと付き合って欲しいことがあるんだけど……来てくれるわよね?」


「…………はい」


 女の言葉に、少女は虚ろな目で頷いた。






 ♦




 という訳で、まだ襲われた件については解決していないが、当初の予定通り俺は蘆屋の下を尋ねていた。


「勇、元気だった?」


「あぁ、そこそこだ」


 木陰で待っていた蘆屋は、俺に気付くと日差しの中に飛び出して来た。


「こっち。僕の家だよ」


 蘆屋の視線が向いた先には、中々に大きなビルがあった。俺が今住んでいるマンションもそこそこだが、相当な家賃がかかりそうだ。


「……一人暮らしじゃないよな?」


「一人暮らしに決まってるじゃん」


 どうやら、こいつも相当な金持ちらしい。俺の記憶が正しければ、高校生だったよな? 高校生でこんな暮らしか……凄いな。


「あ、もしかして男女のアレとかを気にしてる? 勿論、君じゃなかったら家になんて誘わないよ。知っての通り、僕は男嫌いだし」


「……そうか」


 全然違ったが、勘違いを正すのも恥をかかせるだけに思えたのでやめておいた。


「……ねぇ、勇と二人で歩くのって初めてだっけ」


「そうか? 何回か会ったことはあるだろ?」


 俺が言うと、蘆屋は首を振った。


「そりゃ会ったことはあるけど、異界の中だったり、一杯他の人が居たり……街の中で二人で歩いたことは無いじゃん」


「……そうだな」


 学校で会った時も、歩いたりはしなかったしな。


「だから何だ?」


「あーっ! そういう聞き方、女の子にしない方が良いよ?」


 俺は日差しに眉を顰めた。


「……今日は日が強いな」


「ん、そうだねぇ」


 蘆屋も太陽を見上げ、眩しそうに目を細めた。


「でも、もう着いたよ」


 マンションに入り込むと、涼しい空気に包まれる。エントランスの段階でエアコンが効いているらしい。




 五階にある部屋に入ると、生花の匂いがふわりと香り、広く明るい玄関が出迎えた。俺の家とは違って靴は一つも並んでおらず、全て収納されている。


「やっぱり、盛り塩とかするんだな」


「勿論」


 靴を端に寄せ、俺は蘆屋の後ろに付いて行く。式神や札の類いは見えず、生活感のあるリビングが俺を出迎えた。ハンガーにかけられた制服を見て、この状況の異常さを思い出す。


「はい、座って良いよ」


「あぁ」


 蘆屋は手を出して絨毯の広がる俺の足下を指した。自分はその反対側に座り、二人で白いテーブルを囲む形になる。


「あ、お茶を出さないとね」


 蘆屋がにやりと笑って言うと、白く柔らかそうな球体が浮かび、キッチンに向かった後、お茶の入ったコップを二つ底を掴んで持ってきた。


「式神か」


「そうそう、便利そうでしょ?」


「俺には使い魔が居る」


「……確かに?」


 尤も、ここまで機械的……というか、意思の無い道具としての使い魔は作っていないが。


「ま、良いや……本題に入ろう」


「あぁ」


 蘆屋はお茶に口を付け、ごくりと呑み込むと、真面目な表情でこちらを見た。


「僕の弟子になって欲しいんだよ」


「それについては了承したつもりだが?」


 俺が言うと、蘆屋は諫めるように手を出した。


「まぁまぁまぁまぁ、先ずは聞いてよ。後から文句を言われても困るからね」


「……分かった」


 後から俺が文句を言いたくなるようなことがあるらしい。これは聞いておくべきだろう。


「先ず、僕の弟子になって欲しい理由なんだけど……一人前の陰陽師になる為には弟子を取る必要があるんだ」


「まだ一人前じゃないのか」


「まぁ、そうだね……実力的には一人前だけど!」


 だよな。流石に天明レベルで一人前って訳じゃないらしい。


「お父さんにも急かされてるし……それが弟子を取りたい理由」


「大体、聞いてた話と変わらないな」


「うん、そこはね。問題はこっからなんだけど……弟子になった後の話だね」


 後の話、か。そのフレーズだけで面倒臭そうな気配が感じられる。


「先ず、お父さんにはあってもらうことになるし……試合にも出て貰うことになると思う」


「試合」


 俺は思わずその言葉を反芻した。


「スポーツみたいに大会があるのか?」


「いや、そういう感じじゃないんだけど……絶対出なきゃいけないのは、門人試合って奴だね」


 なんだそれ。ていうか、絶対出なきゃいけないのかよ。


「半年に一回開催されて、沢山の未熟な弟子達が出場するんだけど……優勝したら見習い卒業で、独り立ちする権利を得られるって奴で、卒業するまで参加は強制なんだよね」


「おい」


 強制かよ。まぁ、少なくともガチガチの陰陽師……天明とかとはやらないってことだな。


「あはは……経験を積んだ弟子は卒業することで実力を証明出来るし、逆に若い弟子は試合を通じて経験を積んでいくって感じだから、皆出ないとダメなんだ」


 まぁ、理に適ってはいるが……優勝で卒業ってどうなんだ。結構厳しくないか? いや、スポーツの大会みたいに数が居る訳でも無いか。順当に実力を付ければ確実に卒業出来る程度ではあるんだろう。


「正直、嫌だな」


「う~ん、だよねぇ……」


 蘆屋はにへぇっと笑い、後ろ側に寄りかかった。


「だが、ある程度素性を隠せるなら別に良いぞ」


「どうだろ……行けるかなぁ」


 俺が知る訳無いだろ。


「…………顔を見られたら呪いが発動しちゃうとか、どう?」


「それで行けるなら、俺はそれでも良いが」


 ていうか、また仮面か。最近、仮面を付けてばっかりだな。


「多分、行けると思う……あ、そういえば天明さんと知り合いだったよね!」


「そうだな」


「天明さんを抱き込んだら、絶対いけるじゃん!」


「……まぁ、アイツなら協力してくれるかも知れん」


 仕方ないな。呪いの仮面、作るか。

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