犯人は
その映像の中では、黒い仮面を付けた男が赤い鎧の鬼武者と向かい合っている。合図とともに始まった勝負は、瞬く間に激化し、目にも留まらぬ速度の切り合いに発展する。
『少し、上げるか』
仮面の男が呟くと、拮抗していた戦況が一瞬にして一変する。鬼武者の大太刀がただの剣に弾き上げられ、懐まで潜り込んだ男の手が鬼武者の腹部に触れる。
『ォ』
『これで満足しろよ』
男の手から凄まじい衝撃が鬼武者の体内に伝わり、鬼武者はその場で膝を突いた。
『俺はもう行く』
膝を突き、男の前に無防備な首元を曝け出した鬼武者。男は剣を軽く振るい、その首を一息で落とすとその場から消えた。
『ォォ……』
鬼武者の体は消え去り、観戦していた兎耳の少女だけが映し出される。
『あ、あはは……どうしよう』
所在なさげに佇む少女がこちらを向いて笑ったところで、映像は途切れた。
「……ふぅん」
ソファに寄りかかり、気だるげにそれを見ていた女は息を漏らした。
「私の可愛い子供たちを叩きのめしただけあって、中々やるじゃない」
女は煙草に火を付け、紫煙を燻らせた。
「記憶を消されてる以上、何の目的があったかは知らないけど……やり返させて貰うわ」
女は長い紫の髪を揺らし、紫煙だけを残してその場を立ち去った。
♦
俺は瑠奈と会い、いつもの喫茶店で話していた。
「……という訳なんだが、こいつのことは知っているか?」
「勿論知ってるよ。同じ魔術師だからね」
言いながらも、瑠奈の目は険しかった。
「紫園さん……そんなことする人だったんだね」
「まぁ待て。まだそいつと決まった訳じゃない。寧ろ、それを調べる為に瑠奈にも色々聞きに来たんだ」
春石紫園。今のところ一番の容疑者だ。魔術結社に所属する魔術師で、順位は八位。瑠奈の一つ下だ。幻術や精神操作を得意とし、固有魔術は煙を媒体にするらしい。
「そうだね……そうだよね! 私としたことが、勝手に決めつけちゃってたよ」
「あぁ、犯人はゆっくり特定していけばいい。焦る理由も無いからな」
とは言え、さっさと終わらせるに越したことは無いが。
「それで、勿論この人のことは知ってるけど……私は何したら良いかな?」
「可能ならだが、そいつが一人で結社の外に居るところを発見して欲しい。そこからは俺が話をつける」
もし戦闘にまで発展した時、他に誰かが居たら面倒だからな。出来るなら一人で居るタイミングを狙いたい。
「分かったよ! でも、結構慎重だね?」
「あぁ。第八位の魔術師が相手だからな。アステラスや瑠奈を見ている以上……最善策を取って挑むべきだと思うのも仕方ないだろう」
負けるとは思っていない。聖剣を抜くまでも無い相手なのは間違いないだろう。だが、面倒なことになる可能性は十分にあると思っている。そいつの目的が分かっていない以上、結社全体を巻き込んでくる可能性もある。何かしら俺の存在が露呈させられる可能性もある。
「確かに……紫園さん、人の嫌がることを的確に突けるタイプかも。でも、悪い人じゃない……って思ってたんだけど」
「まだそいつとは限らないけどな」
ショックを受けている割には、どうにも、紫園への疑いを晴らせずにいるように見える。
「紫園が犯人だって心当たりがあったりするのか?」
「……証拠とかは全然無いんだけど、ちょっと気になることはあるかも」
俺が続きを促すように視線を向けると、瑠奈は持ち上げかけていたコップから手を離した。
「紫園さん、少し前になんかあったみたいで……イライラしてたっていうか、そんな感じあったんだよね」
「ふん」
「あと、噂なんだけど……弟子の人達に何かあったみたいな話も聞いたよ」
「紫園の弟子ってことか?」
尋ねると、瑠奈はこくりと頷いた。
「うん。詳しくは全然分かんないけど、記憶がどうとかって……」
「今の段階じゃ、全く全貌は掴めないな」
「そうだね……」
「まぁ、大丈夫だ。さっきも言ったが、焦る必要も無いしな」
俺はカレーに漸く手を付け、掬い取って口に放り込んだ。刺激的な味では無いが、美味かった。