厄介者
その刃を余裕を持って避けたミミは、太刀が振り下ろされ切るより先に地面を蹴った。
「ォォ……!?」
「私のっ!」
振り下ろされる太刀の背に、ミミは飛び乗った。兎の異能を持つミミの最も優れた部位は、脚だ。その脚力を以って、ミミは太刀の背を蹴り、再び跳んだ。
「勝ちですッ!!」
太刀を思い切り踏まれ、体をそちらへと持っていかれる鬼武者。真っ直ぐに飛んでくるミミの対処は間に合わない。
「ォ、ォ……」
半分まで裂かれていた鬼武者の首が、今度こそ刎ね飛ばされた。それが宙を舞うと同時に、ミミは鬼武者の後ろ側で着地する。
”おおおおおおおおおおおおおおお!!!”
”すげえええええええええ!!!!”
”うぉおおおおおおおおおお!!!”
”刀に飛び乗るとか度胸ヤバ過ぎるwwwww”
”勝った勝ったかkった!!!ミミちゃん!!!”
”マジで勝ったwwwww”
鬼武者の体が霞み、赤い霧となって消える。その場で膝を突き、荒く息を吐くミミ。
「ふ、ぅ……流石に……疲れました……!」
それでもドローンを呼び寄せ、笑ってみせるミミ。チャットは更に盛り上がっていく。
「……師匠」
流石に労ってやろうと段を登り切り、頂上に姿を見せた俺に、ミミは直ぐに気付き、ふっと微笑んだ。
「私、勝ちました!」
「……良くやったな」
近付いてミミにだけ聞こえるように労いの言葉をかけると、ミミは更に笑顔を咲かせた。
「今日一日で随分強くなったんじゃないか?」
「ですよね!? 私もめっちゃ強くなったな~って思ってましたっ!」
”ミミちゃんの声しか聞こえない~!!”
”ミュートしてんじゃねえぞ!!”
”秘密の会話やめてね”
”こいつムカつくわ”
”師とは言え許せんぞ貴様……!”
ちゃんと声は載っていないようで何よりだな。
「闘気の使い方は飛躍的に上手くなったし、格上の相手にも勝てたな」
「いやぁ、それもこれも師匠のお陰ですよっ! 本当にありがとうございました~っ!!」
ぴょんと立ち上がり、深く頭を下げるミミ。俺はそこで、後ろから近付いている気配に気付いた。
「ハンター……いや」
同じようにここに挑むハンターかと思ったが、その気配から感じられるのは強い怒りだ。嫉妬と憎しみが混じる、俺の嫌いな気配。
「――――お前、そこから離れろよ」
段を登って頂上に現れたのは、ハンター然とした姿の男。黒い装備に身を包み、銀色に光沢を放つ幅広の刃。
”ヤベェ奴来たぁあああああああああ”
”厄介ファン来ちゃった~w”
”ミミちゃん大丈夫か? アイツの実力によっては不味くね?”
”良いぞ!!! そのまま師匠殺せgrばだうぃじゃs”
”誰か通報した方がいんじゃねこれ”
「ミミちゃんから離れろ。三秒以内だ」
「……」
俺は思わずミミの方を向いた。ミミは混乱と怒りの混ざったような表情で一瞬停止する。
「三、二……」
「やめて下さいっ! 配信の邪魔に――――」
男の姿が消え、俺の眼前に現れる。身体能力が高い訳じゃない。魔術だ。
「――――ゼロだ」
振り下ろされる幅広の刃。俺はそれを回避し、男の体を巡る魔力を確かめた。見た目で勘違いしたが、ただのハンターじゃないな、こいつ。
「結社の魔術士か」
「どうでも良いから、死ね」
男の姿が転移によって消える。背後から振るわれる刃を見ずに避け、拳を振り返りながら振るう。しかし、転移によって俺の拳も空振った。
”何だこれどっちも強ぇ!?”
”師匠喋った!!!!”
”師匠喋ったぞ!!!”
”ガチの魔術士か。転移使いは厄介だな”
”師匠の声、やっぱりあの時の人じゃね!??”
身体能力を落としたままじゃ、少し厳しいかもな。
「どうした、その程度か師匠?」
「……変だな」
地面が黒く染まり、次の瞬間にはそこから闇の棘が飛び出すように生えた。それを回避した俺は、男を観察するように見る。
「アンタ、やられてるな」
「やられてる?」
男が剣を投げつける。それは空中で消え、俺の背後から現れる。それを回避したかと思えば、今度は頭上から降り落ちる。
「あぁ、精神系の魔術を食らってるぞ」
「抜かせ」
男が地面に手を突くと、狼のような黒い獣が何体も生み出され、俺に向かって走り出した。逃げ場を無くすように、俺の背後の地面に黒い染みが広がる。
「俺がそんな魔術を食らう訳が無い。素人と同じにするなよ」
左右から闇の剣が射出され、背後は黒い棘によって塞がれ、正面からは影の狼が襲い掛かり、頭上からは転移してきた男が切りかかる。
「油断大敵だ」
俺は闇の剣を避け、頭上から振るわれる剣を躱し、後ろの棘の壁を利用して跳躍し、前方に居た狼達を飛び越えた。
「なッ!?」
「今もアンタ、勝ちを確信してただろ?」
着地した俺は、離れた場所からこちらを睨む男に近付いて行く。飛び掛かって来た狼は素手で破壊する。
”やっば”
”え、全部避けた?wwww”
”あそこから抜け出せるのえぐすぎるww”
”これは師匠だわ”
”ていうか、この魔術士普通に殺人未遂だろ。人生終わったな”
剣を構え、こちらに向かおうとする男。しかし、その途中で突然胸を抑えて膝を突いた。