師匠
俺の入れ込んだ闘気を使い切った後も、恐怖に負けることなく異界を進んでいくミミ。最早、当初の目的からは変わって戦闘面でのアドバイスが多くなっていた。
……いや、ミミ的には当初の目的通りか?
「老日さん、もう直ぐ山頂ですよっ! 準備は大丈夫ですか!?」
「俺の心配はしなくて良い」
ミミはふふんと可笑しそうに笑う。
「私を相手にここまでデレない人は中々いない……どころか、老日さんレベルは初めてかも知れません。男の人なら、大体ちょっとポーズを取って上目遣いをしてやるだけでいちころなんですけど……ね?」
「そうやって、動きに打算が見え透いてるからだ」
腰の後ろに手を付けて、上目遣いで覗き込んで来たミミを冷たく睨む。すると、ミミは溜息と共にポーズを解いた。
「はぁ……私、これでじゅーきゅーですよ?」
「ていうことは、一年かそこらで三級まで上がったってことか?」
俺が尋ねると、ミミは呆れたような目をした。
「十九って聞いて最初に考えることがそれですか? もっと、若さに興奮した方が健全ですよ? 男の子として!」
「若いのは見れば分かるからな。それに、俺も若さで言えば二十二だ」
「……え、二十二と十九を同列に並べようとしてます?」
三つしか変わらんだろ。似たようなもんだ。
「二十二なんて、人によってはおっさんですよ?」
「それはそいつの感性の問題だ」
流石にオッサンでは無いだろ俺は。
「……オッサンに見えるか?」
「二十二と聞くと、確かに多少老け顔ですけど……私的には、まだまだお若く見えますよ!」
おい、気を遣われてないよな? これ。
「ほら、敵来たぞ」
「お、見ててくださいねっ!」
ミミが飛び跳ねるようにして駆け出し、一瞬で現れた狼を空中に蹴り上げた。
「必殺、空中殺法!」
ミミが地面を蹴って跳ぶと、その動きが空中で乱舞する。狼を囲むように、幾度も空中で闘気を蹴って宙を舞い、狼が地面に落ちる前に狼を八つ裂きにした。
「ふふんっ、どうですかっ! 老日さんに習った、闘気を固めるコツを早速利用してやりましたよっ!」
「呑み込みが早いのは素晴らしいことだが、今の技は無駄過ぎるだろ」
普通にやれば闘気の消費も体力の消費ももっと抑えて、もっと早く倒せたぞ。間違いなく。
「何言ってるんですかっ、無駄じゃないですよ! おひねり沢山貰えますからねっ!」
「曲芸師かよ……いや、曲芸師みたいなもんなのか」
当たり前だが、配信者ってのは戦士が本業じゃない。飽くまで、戦いを見せることが目的な訳だ。暗闇での不意打ちや、戦闘を起こさずに可能な限り少数と戦うような、実戦でのベストとは全く違うことも多いだろう。
「曲芸師……言い得て妙ですねっ! 確かに、私の戦闘スタイルは特にそれに近いかも知れないです。ナイフジャグリングとかも得意ですし」
見るからに得意そうだな。
「……そうだ」
ミミは足を止め、残り数十メートルで辿り着く山頂を見上げた。
「配信、しても良いですか?」
「まぁ、目的は既に果たしてるからな。俺は別に良いが……特に何もする気は無いぞ」
勿論です、とミミは頷いた。
「じゃあ、映さないようにした方が良いですかね……?」
「顔は隠してるし、声は既にバレてるからな。映されても変わらん」
寧ろ、そっち側が気にすることじゃないのか?
「配信に男が何回も映って大丈夫なのか?」
「一般人が何回も映るとかだったら流石にびみょいですけど、老日さんなら注目度の方が勝つと思ってます。プラマイプラです」
「……俺は何もしないからな?」
「居るだけで良いんです」
まぁ、それなら良いか。
「それじゃあ、配信始めちゃいますけど……あ、そうです」
ミミは小さな機械を展開し、ドローンに変形させて起動すると、ふとこちらを向いた。
「配信中、なんて呼んだら良いですか?」
「別に何でもいい。本名以外ならな」
「……いさみん、とか」
「ほぼ本名だろそれ」
本名以外って言ってるだろうが。
「じゃあ、師匠っ!」
「アンタの師匠になったつもりは無いぞ」
ミミは俺の言葉を無視し、ドローンを宙に浮かべた。
「良し、じゃあ始めるよ~っ!」
もうモードが入っているらしいミミは、きゃぴきゃぴと溌溂な声で宣言した。
「おはぴょん! ミミだよ~っ! 実は今日、三級の花脊異界に来てま~すっ! 本当はちょっとしたリハビリのつもりだったんだけど、師匠に色々教えて貰ったから……その成果を見せちゃいますっ!」
”おはぴょん!”
”おはぴょんー!!”
”おはっぴょん!”
”師匠?”
”三級異界うぉおおおおおお!”
”師匠って誰ぞ”
青いレンズを向けるドローンにポーズを取るミミ。ドローンの横には青い文字でチャット欄が表示されている。
「師匠の正体は秘密ですっ! この通り顔まで隠してますからね!」
「……」
ドローンがこちらを向いたので、俺は軽く手を上げておいた。
”無言の圧……!”
”なんだあの仮面w”
”目も口も無くて怖えよ”
”師匠ちょっと怖いか……”
”これ、もしかしてあの人じゃね?”
大分怖がられているようだが、中には俺の存在について少し察している奴も居るようだった。
「えっと、喋らない感じで行きます?」
「……」
俺はこくりと頷いた。声を出さないのは念の為だ。
”あ、怪しすぎる……w”
”不審者系師匠助かる”
”ミミちゃん騙されてないよね? 俺、ちょっと行ってくるわ”
”俺は割と嫌いじゃないw”
「あー、皆! 師匠の悪口書かないで下さいねっ! めっちゃくちゃ良い人ですからっ!」
ね? と首を傾けてこちらを見るミミ。俺はむっつりと口を閉じたまま視線を逸らした。