弟子とか師匠とか
現れたのは、ミミだった。慌てて追いついて来たドローンだが、そのレンズに光は宿っていない。
「配信はしてないんだな」
「あ、はい……ついさっき終わったとこですけど」
ミミは飛び掛かる鳥を避けながらも、何かを言いたげにこちらを見ている。
『え? 配信って何の話?』
「こっちの話だ」
『え!? 勇、配信とかするの!?』
「こっちの話ってのは、俺の話ってことじゃない」
というか、敵が多いな……まぁ、明らかに俺の戦い方のせいなんだが。
「ちょっと、手伝ってくれ。量が多い」
「最初の修行ってことで良いですよね……!」
違うが。今更、身体能力を戻して戦うのも何となく嫌ってだけだ。
『もしかしてだけど、今って戦闘中だったりする?』
「その通りだ」
『あ、ごめん。いける時にまた掛け直して』
「分かった」
俺は電話を切り、背後から投げつけられた石を避け、ぎょっとするゴブリンの息の根を魔術で止める。
「凄いっ、魔術ですか!?」
「良く見てるな」
というか、良く見てる余裕があるな。結構量が多いし、既に囲まれてる状態ではある訳だが……流石は三級だな。五級異界程度じゃ、楽勝何だろう。
「それで、あの……先ず、お名前を聞いても良いでしょうか師匠?」
「俺は師匠じゃない」
しかし、身体能力を落として戦うのも意外と修行になりそうだな。ふとした瞬間に命の危機を感じられる。
「えー、サイン上げますから」
「要らないが」
ミミのナイフが俺の背後に居た熊の額を貫いた。代わりに、俺はミミの頭上から落ちて来る鳥を斬り飛ばす。
「だったら、どうしたら弟子に取ってくれるんです!? 私、結構可愛くないですか!?」
「そもそも弟子とか取る気が無い。だから、条件とかも無い」
俺が言うと、ミミは仕方なさそうに溜息を吐いた。
「分かりました……話しますよ」
「何の話だ?」
問いかける俺を無視して、ミミは話し始めた。
「正直、結構来たんですよ……あの日のこと。手も足も出ずに殺されかけたこと、為すがままに守られたこと……私は多分、自信を失っちゃいました」
「あぁ、それでか」
俺は僅かにブレているミミの太刀筋に納得した。そこに含まれるのは僅かな怯えだろうか。
「五級くらいの異界なら、ビビってる私でもどうにかなります。でも、自分と同格の三級異界に行ったら……私は多分、ブルって何も出来なくなります」
「戦うのが怖くなったってことか?」
ミミは俺の方をちらと見ると、こくりと頷いた。
「自分より弱いってはっきり分かってる相手を狩るくらいなら、出来ます。でも……今まで出来ていた、命懸けの戦いは無理です。私、腑抜けた臆病兎になっちゃいました」
まぁ、軽度だな。
「そういう経験は、初めてか?」
「え? はい……初めて、ですけど」
やっぱり、そうか。
「多分だが、アンタは大丈夫だ」
「ぇ」
疑問符を浮かべたミミに、俺は続ける。
「まだ、三級の異界で戦っちゃいないんだろ?」
「……そう、ですけど」
「だったら、仲間でも連れて行ってみろ。」
「いや、でも、私は……」
動きの止まったミミの背後から迫る人型の蜥蜴を叩き潰す。
「安心しろ。ミノタウロスに殺される最後の瞬間まで目を開け続けてた奴がビビりな訳が無い。アンタは立派なメンタル強者だ」
「……です、かね」
俺は溜息を吐き、ミミの首筋を狙って剣を振るった。ミミは驚愕に目を見開きながらも、ナイフを振り上げて俺の剣を逸らした。
「い、いきなり何を……っ!」
「ほらな。目も瞑らなければ、後ろに下がることも無い。アンタは、単純にボロ負けしたのが初めてだっただけだ」
良し、狩り尽くしたな。とは言っても、殆ど俺の目当てじゃない魔物なんだが。
「だから、俺がアンタの師匠になる必要も無いってことだ。俺は帰るぞ」
「……ま、待って下さい!」
引き留めるミミに、俺は足を止める。
「あ、あの……付いて来てくれたりとか、しませんよね」
「何だ? 友達、居ないのか?」
ミミは首を横に振る。
「友達は居ますし、同格のハンター仲間とかも居るんですけど……弱みを見せられる相手は、作ってないです」
「……そう言われてもな」
そこまで面倒を見る義理は俺には無い。ウィルの奴なら助けてやったかも知れないが、俺はアイツみたいなお人好しじゃない。
『マスター』
響いた声は、ステラだ。俺にだけ聞こえている。
『今日の晩御飯は皆で食べようという話になったのですが……マスターはお忙しいでしょうか?』
『いや、今……昨日の配信者と遭遇した。ちょっと話してたんだが、もう直ぐで帰れる』
俺が言うと、念話の向こうからむっと声が聞こえた。
『ミミちゃんですか? サイン貰って来て下さいね』
『……欲しいのか?』
『えぇ、まぁ……一番見てる配信者ではありますね』
若干照れたように言うステラ。俺は溜息を吐き、ミミに向き直った。
「あ、あはは……すみません、流石に迷惑ですよね。無理なこと言って、ごめんなさい」
俺の様子を見て諦めたのか、踵を返すミミ。俺は背後からその肩を掴んだ。
「代金は、サインで良い」
「えっと……?」
きょとんと振り返るミミに、俺はもう少し分かりやすく言ってやることにした。
「ダンジョン、付いて行ってやる」
「え!? な、何でですか!?」
確かに、ミミから見れば、俺が突然心変わりしたように見えるだろう。
「サインを欲しがってる奴が居たのを思い出したからな」
「別に、サインくらい書きますよ……?」
恐る恐る言うミミに、俺は首を振る。
「等価交換だ」
「全然等価じゃないですし、何なら私にはダンジョンでの借りすらありますけど……でも、来てくれるって言うなら、嬉しいですっ!」
久し振りに笑みを見せたミミに、俺は但しと話を区切った。
「但し、条件がある。一つは、俺の顔と名前を口外しないこと。一つは、俺は付いて行くだけで危険な時以外は何もしないこと。最後に、アンタの異能について調べさせて貰うことだ」
「えっと、大丈夫ですけど……私、そもそも名前知らないですよ?」
そういえば、そうだったな。
「老日勇だ」
「!」
俺が答えると、ミミは嬉しそうに笑った。
「私はミミ……本名は、愛月 穂夏です」
「あぁ」
当たり前だが、ミミは本名では無いらしい。
「それじゃあ……よろしくお願いします、師匠っ!」
「師匠では無いからな」
俺は重要な一点を訂正し、面倒なことになったと夕暮れ空を見上げた。