ダンジョン系配信者
鈍い音を立てて地面に転がる斧。ミノタウロスは怒りの形相で現れた男に襲い掛かる。
「……ぇ?」
「あと、一個聞きたいんだが……ここのダンジョンって、何で協会の情報に無いんだ?」
続けて、ごとりと地面に落ちるミノタウロスの首。私は混乱の余り、ぐるぐると質問が頭の中を回り続けて何も答えられなかった。
「あぁ……ほら、どうだ?」
「ッ!?」
突然、冷や水をかけられたかのように頭の中がクリアになる。私は男の手を取って立ち上がり、何より先に頭を下げた。
「あ、ありがとうございました……! 本当に死ぬとこでした私!」
「ぽかったな。それは別に気にしなくても良いんだが、このダンジョンは何なんだ?」
相変わらずそればかり聞いてくる男に、私は自身への興味が一切ないことを察した。それどころか、私のことを知ってすらなさそう……私は僅かに距離を詰めて男と顔を見合わせる。
「えっと……多分、今さっき偶然生成されちゃったダンジョンだと思いますっ!」
私はにこりと笑い、頭の上にある兎耳をぴょこんと揺らして見せた。
「なるほどな……ところで、獣人なのか?」
「じゅーじんって何です?」
流石に意識が行ったのか、兎耳を見て言う男に私は可愛らしく首を傾けた。
「あ、獣的なことですか! なるほどなるほどっ! 分かんないですけど、私のこれは異能ですよ! 兎人間、ミミちゃんですっ!」
「なるほど、異能か……ん?」
男は何かに気付いたように眉を顰めた。
「どっかで見たことあると思ったが、テレビに出てたなアンタ」
「ふっふん! 気付いてくれましたかっ! 私はDLiverのミミですっ! どーぞ、しくよろですっ!」
私は全身が視界に入るように下がり、ウィンクをして傾けたピースを目に近付けるポーズを取った。
「……何と言うか、プロだな」
呆れるような感心するような目を向けた後、男は浮かんでいるドローンを睨み付けた。
「もしかして、これ配信されてるのか?」
「してますっ! あ、でもお兄さんの顔はモザイクで隠れてると思うのでご心配なさらずっ!」
私が言うと、男はしかめっ面を元に戻した。
「凄い機材だな」
「ふふんっ、私はダンジョン系配信者の中でもプロちゅーのプロっちゅーやつですからっ! 一般人の顔が写って炎上なんて言う初歩的ミスはおかさねーんです!」
「因みに、そのキャラは作ってるのか?」
「のんでりかしー!? 今配信中ですよっ!? あと、作ってないですからねっ!!!」
私はふんっと鼻息を吐き出し、それから浮かぶドローンを手招いて引き寄せた。
「ほら、凄いんですよこれ! 軽く数百万はする最高級品なんですけどっ、こうやって視線を向けるとチャット欄が勝手に開いて見れるようになるんですっ!」
私たちの視線を受けて、銀色のドローンから青い文字で配信のチャット欄が表示される。
”助かった……マジでありがとう……!”
”怖くて画面から目離したけど、ミミちゃん生きてる!! 神様ありがとう!!”
”名前も顔も分からんけど、マジで感謝だわこのハンター”
”同接30万こえてるやん”
”ミミちゃん知らないハンターってどんだけモグリなんだよって思ったけど、ミノの亜種ワンパンって相当だよなぁ……”
”ミミを命の危機から救えるとか羨ましいやつだな……許せん!”
「……色々好き勝手言われてるな」
「いやいや、殆ど皆感謝してますよっ!! 一部捻くれてる人は居るかもですけど、全然気にしなくてオッケーですっ!」
「それが、配信者のコツって訳か」
「スルースキルは基本技能の一つですからっ! 一々気になるのにムッとしてたらキリが無いってばよ!」
私が言うと、男は軽く頷いて踵を返した。
「まぁ、じゃあ俺は帰る。協会への報告とかは頼んだ」
「え!? あっ、待って下さいっ! まだお礼も何も出来てないですってばっ! ステイシス製の時計とかっ、ゲリュオーン製の魔除けとかっ、日本鋼器社製の道具とかっ! 何でもプレゼントしますよ!?」
「俺は今、宣伝をされてるのか?」
「いやいやっ、違いますよ! 確かに全部案件貰ったことある会社の奴ですけどっ、ちゃんと全部めっちゃ良い奴ですからっ!」
無言で去って行こうとする男の裾を、私は慌てて掴んだ。
「帰り道分かんないんですっ! 外まで連れてってください! 私、いきなりこのダンジョンに呑まれて死に掛けたんですっ!! また一人になったらさっきみたいに死んじゃいますからねっ!?」
「……分かったから、行くぞ」
男は呆れたような目で私を見ると、溜息を吐いて歩き始めた。