焼け焦げた大地にて
赤い種火がそこら中で燻ぶっている焼け焦げた大地。当然ながら、そこは異界だ。群馬にある五級異界。赤城異界とか言ったか。
「さて、どこに居るか……」
目当ての敵を探しながらも、俺は別のことを考えていた。
「割と奥だな」
アザトース。強力な敵ではあったが、聖剣を抜かなくても倒せる可能性はあったように思える。問題は、俺の神力の運用が雑であるという点だ。そもそも好きじゃない力というのもあったが、周りに使える者が少なく、最初はまともに使えるような量も無かった為、神力を極めるようなことはしなかったし、そんな余裕も無かった。
それに、今でこそ世界を救った勇者としてそこそこの神力があるが、昔はそこまで多くの神力を運用できる訳では無かった。
「まぁ、三級くらいまでなら上げても良いだろ」
今の俺は等級で言えば五級のハンターな訳だが、もっと上の異界に入る為には当然等級も上げる必要がある。
という訳で、三級まではサクッと上げてしまっても良いだろう。
「アレか」
昇格に必要なのは証明部位の提出によって得られるポイントだ。つまり、ポイントが沢山貰える魔物を狩れば効率が良い。
そして、俺の狙いはこの焼け焦げた大地に生息する……アースクローラーだ。
「ポイントが高いのも頷けるな」
それは、鰐のような顎を持つ蜥蜴のような生き物。トラックくらいの大きさで、滑らかな鱗には引っ掛かりが無い。五級のハンターが相手にするには骨が折れる魔物かも知れない。
「グォオオオオオオオオッ!!」
「悪いが」
うねるように体を動かしながらアースクローラーは迫り、その大顎で俺を噛み砕こうとする。俺はそれを寸前で回避し、虚空から剣を引き抜いた。
「ポイントになってもらう」
アースクローラーの首がボトリと落ちた。食う訳じゃないが、金とポイントになる。回り回って生きる為ってことで、容赦なく殺す。
「全員、な」
次の瞬間、地面から飛び出して来た二体のアースクローラーの首が飛んだ。アースクローラーは家庭を持つ生き物だ。態々巣穴まで襲いに来ている以上、相手するのは家族全員になる訳だ。
「証明部位は額の小さい鱗だったか」
俺は地面に転がる三つの頭から一つずつ鱗を剥ぎ取り、残りは纏めて私用空間に突っ込んだ。
「さて……ん?」
次の巣を探そうと気配を確かめた俺は、妙なモノを見つけた。
「……ダンジョン?」
この異界にはダンジョンは無かった筈だったが、もしかして未発見だったとかか? それか、規模が小さいから報告されていない……いや、有り得ないな。そこまで小さい規模じゃない。
「人が居るな」
更に気配を探れば、その奥に人間が居ることも分かった。どうやら、戦っているらしい。
「行ってみるか」
どうせ、夕飯までは暇だしな。
♦……side:???
有り得ない。最悪だ。こんなことが起こるなんて、有り得ない。
「はぁ、はぁ……ッ!」
息が切れ、体力が限界を迎えても、私はただひたすらに走っていた。
「……ッ」
後ろは振り返れない。でも、凄まじい足音と僅かな機械音でミノタウロスと配信用のドローンが付いてきているのは分かる。
「きゃッ!?」
曲がり角。前だけを見て進んでいた私は、泥のような地面に気付かず、足を取られて地面に倒れ込んだ。
「ウウゥゥゥゥゥゥォオオオオオオオオッッ!!」
震える足で立ち上がろうとした瞬間、恐ろしい咆哮が響いた。一瞬視界が真っ白になるような感覚と共に、私は力を失って地面にへたり込む。
「た、っへ……や、ゃ……」
どうやっても、立てない。私は尻餅をついたまま、後ろを振り返る。
「ゥゥゥ……ォォ……!」
そこには、黒い煤けた汚れに塗れた暗赤色の肌のミノタウロスが居た。その後ろを追随するのは、青いレンズの付いた銀色の球体。私が一瞬意識を向けると、呑気にも青い文字でチャットが表示された。
”やばいやびいやばあやばい”
”これマジでやばくね? 誰も助け呼んでないの?”
”うわーw久しぶりにこんな配信事故見たわw”
ミノタウロスは動けなくなった私を見ると、にたにたと笑みを浮かべ、ゆっくりと斧を引き摺って近寄って来る。
”何で寄りにも依ってミノの亜種がいんだよ! ふざけんな!”
”頼む逃げて逃げて逃げてお願い”
”誰か助けてくれってマジで頼むミミちゃん死んじゃう!”
目の前に立ったミノタウロスが、斧を持ちあげた。私は言葉を発することも出来ず、立つことも出来ず、絶望と共に後退りするしか無かった。
”え、マジで死ぬじゃんこれ”
”誰かどうにかしてくれって頼むお願い”
”ミミちゃん死なないで!”
”あーあ、これは死んだわw”
”ふざけんなクソダンジョン誰か助けてくれ!!”
ドローンの光を反射する鈍色の斧が、振り下ろされる。
「ぃ、ゃ……」
涙で歪む視界の中、斧が迫る。
「――――大丈夫か?」
弾かれた斧が、地面に落ちた。