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アザトース

 聖剣の力で蘇った俺は、押し寄せる破滅の力を撥ね退けてアザトースを睨んだ。


「悪い、ウィル」


『……ん』


 右手に握った聖剣から凄まじい力が流れ込んで来る。


「世界の危機らしい」


『あはは、みたいだね!』


 アザトースの体に無数の目が生み出され、訝しむように俺を見る。魂ごと消し飛んだように見えた俺が蘇ったのが不思議なんだろう。理不尽な話だが、勇者として聖剣に存在自体が結びついている俺は、肉体も精神も魂も聖剣から再生できる。


「聖剣は使わずにどうにかしようと頑張りはしたんだが……すまん」


『気にしなくて良いよ! そこそこ寝れたし、それにアレが相手じゃ……仕方ない』


 ウィルは冷たい声で呟いた。


『本物の邪神か……流石にアレには及ばないけど、中々だね』


「あぁ、だな」


 様子を窺っていたアザトースが動く。光速を超えて迫る触手は、空間そのものを歪めているのが分かる。


「やるぞ」


『良いね! 世界を救うのは僕らの役目だ!』


 俺はそんなにやる気は無いんだけどな。迫る無数の触手を避けながら、俺はアザトースを注視する。


『見えたね』


「そこだ」


 アザトースが反応出来ない意識の隙間に切り込んだ刃、聖剣がその肉体を真っ二つに斬り裂いた。


「な……」


 アザトースが驚嘆の声を漏らす。銀の光と共に二つに分かれていくアザトースは、元に戻ろうとするが接合することは出来ない。


「聖剣が齎した結果を覆すことは出来ない。斬られれば再生は出来ず、殺されれば蘇ることは無い」


「ふざけるな……ッ! そもそも、誰だ貴様は……」


 言いながら、アザトースの肉体が多次元的に渦を巻いて消えた。その気配を追うと、存在が霧のように広がっているのが分かった。


「再構築か」


『飽くまで再生じゃなくて、そもそも別の存在に自分を作り変えたって訳だね』


 霧となったアザトース。それを認識した次の瞬間には、崩れかけている異次元空間を無数の異形が埋め尽くしていることに気付いた。


「空恐ろしい力だな」


 一体一体が、あのクトゥルフに匹敵する程の力を持っている無数の異形達。この一瞬で、これだけの邪神を生み出せるのは驚異的だ。


『でも、僕達には関係ないね』


「あぁ、何匹居たって同じだな」


 俺は聖剣を振るい、この空間全体に斬撃を押し付けた。異形達は同時に消滅したが、流石にアザトースは避けたらしい。


「ちゃんと、斬らないとな」


『あれ、魔術は使わないの?』


 あぁ、忘れてたな。最近じゃ、本気で聖剣を使うような機会も無かったからな。あってたまるかって話ではあるが。


「貴様……貴様……何だ、貴様は……我は……全能の神、だぞ……?」


 確かに、全能を名乗れる程の神力は持っているな。世界を消し去り、作り上げるくらいのことは出来るかも知れない。


「何故、消えない……何故、死なない……貴様はッ!」


 四方八方から黒いレーザーが放たれる。


「アンタに知性が無いからだ」


 俺は銀色に輝く障壁を展開してそれを防ぎ、続けて迫る触手達を全て聖剣で切り捨てた。


「誰だ、貴様はッ!」


「元勇者だ」


 霧と化しているアザトース。さっきのは次元を歪めて避けたんだろうが、直接斬れば問題ない。だが、霧の姿をしているなら少し工夫する必要がある。掠っただけでは殺せないのは、さっきので分かっているしな。


「今の貴様を、殺せないならば……簡単な話だ」


 無数の触手が現れ、空間を貫いてその先端が何処かに消える。



「――――貴様の過去を殺せば良い」



 その触手はきっと、何の力も持たない過去の俺を貫いているのだろう。


「無駄だ」


「……馬鹿な」


 俺の存在は揺らぐこともなく、ここに立っている。俺と言うか、聖剣の存在は過去への干渉を許さない。勇者が、つまり俺が認識している現在こそが()()だ。


「幾ら過去に未来に干渉しようと……俺の認識する今を変えることは出来ない」


『あはは、これが勇者って奴さ! 分かったかな?』


 でないと、勇者の召喚自体を無かったことにされる可能性もあるからな。後出しじゃんけんを防ぐ為に、勇者に搭載された必須機能だ。


「ふざけるな……ふざけるな、人間ッ!」


「言っとくが、アンタのやってることは無意味だ」


 様々なアプローチで俺を攻撃するアザトース。破滅の力が矢となり俺を狙い、この空間全体が歪曲し次元が変質し、俺という存在の複製を生み出そうとし……全部、無駄だ。


「俺を狙ってる時点で、アンタに勝ち目は無い」


 俺を殺したければ先ずは聖剣をどうこうする必要がある。まだ殺されては居ないが、仮に殺されても蘇るだけだ。


「本領発揮と行くか」


『お、アレだね?』


 俺は頷き、聖剣を天に掲げた。そろそろ、終わらせよう。


「戦闘術式、漆式」


 聖剣が銀色に輝き、刻まれた無数の術式が起動する。俺の周囲に複雑な構造の銀色の魔法陣が数え切れないほどに現れ、俺は懐かしい感覚と共にアザトースを見た。


「悪くない」


 銀色の魔法陣達によって、幾つもの魔術が演算されていく。それは霧となったアザトースの本質を捉え、逃がさないように拘束し、時間的制限を超え、聖剣の力を以って……全てを消し飛ばした。


『勇』


「分かってる」


 存在が消えていない。予め隠してあった欠片……いや、こっちこそが核って訳か。


『無限の空虚……虚空そのものって感じだね』


「あぁ、道理でさっきまで気付きもしなかった訳だ」


 そこにあったのは、小さな核。存在しながらも存在していない、無そのものであるそれは視覚的に捉えることは出来ない。


『虚無を斬る……出来るかな?』


「当たり前だ」


 それは最早、アザトースの存在を借りた虚無の概念そのものだ。だが、斬れない訳じゃない。


「聖剣を舐めるなよ」


『あはは、照れるね』


 俺は聖剣によって強化された思考能力を以って、神力による術を構築した。


「それに、元から専用の魔術はある」


 無い物を有るかのように捉える魔術、その仮想の実体を神力の術によって斬り、存在そのものを殺す。


「……終わりだ」


 聖剣が、()を斬り裂いた。形を持たない筈の小さな核は、悲鳴を上げることも無く消滅した。

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