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混沌の中心にて

 宇宙の深淵にして、全ての混沌の中心。



 聞こえてくるのは、耳を劈く笛の音に、不規則に鳴る太鼓の音。



 浮かぶ無数の異形。肉と臓器だけの怪物、実体の無い色そのもの。



 数百と並ぶそれら。全てが、神だ。



 そして、その中心。肉のような形をした、黒い影のようなナニカ。


 膨れ、沈み、増え、分かれ、消える。繰り返し、繰り返し、鼓動する。


 死んでいるようで、生きているようで、消えては現れ、埋め尽くしては破裂する。



「アザトース」



 肉の中に巨大な目玉が浮かび、こちらを見た。だが、起きている訳では無い。俺を見てもいないんだろう。それこそが、邪神だ。真の邪神。


「そうとも。アレこそが……白痴の魔王、アザトース」


 隣に居たニャルラトホテプは、気付けば化身では無く本体に変わっていた。


「勝てる?」


 軽い言葉のようで、強い思いが籠められた問いかけに、俺は頷きはせず、剣を構えた。


「やってみる」


「……ありがとう」


 あの怪物相手に物怖じしない、それだけで十分だったのか、ニャルラトホテプは満足そうに頷いた。


「君がここを覗いた時から、ときめいていたよ」


 無数の邪神達はこちらを見るが、何もしてこない。恐らく、隣にニャルラトホテプが居るからだろう。


「アザトースを見て恐怖しない奴なんて居ないんだ。私ですら、アレに反旗を翻すなんてことを思い浮かべる度に体が震える。最も近くに居た私ですらそうなんだ」


 ニャルラトホテプは言いながら、肩を震わせていた。


「人であれば、狂うか平伏するか死ぬか。アレを見ただけで、皆そうなるだろう。例えそうでない者でも、必ず恐怖は覚える」


 アザトースに近付きながらも、ニャルラトホテプは語り続ける。


「それなのに、君は……君ときたら、恐怖の一欠けらも無い! それどころか、君があの時考えていたことは、アザトースを殺せるかどうか、だ! 信じられないよ! だって、アレは人の敵う存在じゃない! どんな馬鹿だろうが、見れば一目で理解する! なのに、君はアレを殺そうとした!」


 それは、俺の悪い癖だ。強い奴を見ると、つい戦い方を考えてしまう。防衛本能みたいなものだろう。


「だから、本当に期待してるよ……どうか、私を救ってくれ、老日勇」


「そうか」


 広大な宇宙空間、巨大なアザトースまでの距離は、どれほどだろうか。


「言っとくが、俺はアンタを救うつもりで戦う訳じゃない」


 ニャルラトホテプは分かっているとでも言うように、笑顔で頷いた。


「別に、世界を救いたい訳でも無い」


 アザトースの体が、脈動するように膨らんだ。こちらに、押し寄せて来る。


「明日の俺の居場所を守る為に、俺自身の為に戦うだけだ」


 俺の剣が、邪神を斬り裂いた。



「――――ヴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!!!!!」



 怪物が、目を覚ました。無数の目が開き、こちらを見る。


「やるか」


 気合を入れて行こう。



 四方八方から迫る触手。どうやら他の邪神達も敵に回ったらしい。


「『幽遠の館、銀の蔵』」


 神力を込めた刃で触手を斬り裂き続けながら、魔術を詠唱する。アザトースはまだ動いている様子は無い。


「『聖銀(せいぎん)の槍、神金(しんごん)の盾、黒鋼(くろがね)の刃』」


 視界を遮る触手の向こうから巨大な光線が迫る。俺は転移によってそれを回避し、転移先に居た邪神を神力の剣で斬り殺した。


「『主の命にて、舞い踊れ』」


 俺は異空間から無数の武器を呼び出し、この宇宙に浮かべた。


「『千鉄舞鋼(ブレードストーム)』」


 浮遊する無数の武器。その全てが意思を持ち、宙を舞い始めた。近寄る全ての触手を切り刻み、飛来する礫や矢の類いを弾いていく。


「ッ!?」


 瞬間、俺の頭の中に音楽が響いた。直接脳内に響く……いや、聴覚を消しても響いている。


「魂か」


 始めは俺に狂気を齎そうとしていた音楽だが、それが出来ないと気付くと、ただ美しく魅力的な音楽が流れ始める。


「……ッ!」


 思わず意識がそっちに持っていかれる。屈指の天才音楽家達が楽団を組んで演奏をしているようなそれが、魂に直接響いている。


「ォオオオオオオオオオオオオッ!!」


 背後に現れた緑色に輝く球体。伸びる緑の炎から逃れようと転移を発動しようとして、気付いた。


「やられたな」


「ォオォオォォオォオォオォォォォ……!」


 転移が発動できない。転移だけではなく、魔術全てが。魂に流れ続ける音楽のせいだ。俺は神力を込めた剣で緑の炎を斬り裂き、その核を捉え、魂を両断した。


「アイツが動いていないのは、まだ救いだが……」


 アザトースは何故かまだ動いていない。不気味に蠢き、触手をのたうち回らせているだけだ。


(取り敢えず、この音楽をどうにかする必要がある。が、どいつが原因で起こってる現象か分からない以上は……)


 いや、そういうことか。


「これ自体が、本体って訳だ」


 音楽そのもの、それがこいつの正体だ。


「ニャルラトホテプ」


「居るよ」


 横に現れたニャルラトホテプ。俺は一つだけ頼むことにした。


「一秒稼いでくれ」


「お安い御用さ」


 俺は意識を肉体から断ち切り、自らの魂の内側に入り込んだ。どうなるかは分からないが、外の時間で一秒もあれば十分だろう。


「なるほどな」


 流石に魂の内側まで入り込まれている訳では無かったか。魂の外側から音を伝えていたらしい。


「アンタらか」


 そこに居たのは、顔に黒い靄のかかった人間達。全員が手に楽器を持ち、演奏を続けている。


「悪いが」


 俺は一息に全員を斬り殺し、それでも空間に漂い続ける音楽そのものを捉え、神力を以て斬った。


「ぐぁあああああああッ!? 貴様ッ、この素晴らしき音楽の神であるトルネンブラを――――」


「悲鳴は随分汚かったな」


 音楽の神っていうくらいだからな。悲鳴もソプラノボイスにした方が良い。

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