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飲み干して

 神力によって構成された灰色の障壁を擦り抜けて、和装の少年が入り込む。


「やぁ」


「ッ!?」


 微笑みかける少年。気付いた時には、もう遅い。


「とっておき、さ」


「ぐッ!?」


 その背に突き刺されたのは、古びた小さな短剣。その刃は突き刺さると同時にアブホースの体内で砕け散り、その体に染み込んでいく。日本に伝わる神器であるそれを突き刺されたアブホースは、麻痺したように動きを止められてしまった。


「『神妖術・白星』」


「消えよ」


 天が轟き、雲を突き破って白い炎の星が真っ直ぐにアブホースへと落ちていく。更に、足元から発生した黒い光によってアブホースの体が足先から少しずつ消滅していく。


「ッ、ふざけ――――」


「――――動くなッ!」


 体を僅かに動かしたアブホースの心臓を投げつけられた薙刀が貫き、そこに黒き海が群がっていく。


「やめ、ろ……ふざけ、るな……人間、風情が……やめ」


 白い炎の星が、大穴を通って洞窟の中に落ちた。


「ッ……ァ……」


 白い炎が揺らめく中を、小さな欠片が地面を這っている。洞窟の奥へと、何処かの道へと逃れようとするその欠片。


「あっ! 逃がさないよ!」


「ィ……」


 小さな灰色の欠片を、無慈悲にも黒き海が呑み込んだ。瑠奈はふんすと息を吐き、他の者達と共に目を皿にする。


「んー、もう居ない……よね?」


「いや、まだじゃ」


 皆が壁や地面を見ている中、玉藻だけは上を見ていた。


「最後の仕上げが残っておる」


 玉藻にだけしっかりと見える、宙に昇っていく魂。玉藻は飛び上がると、それを捕まえて口の中に放り込んだ。


「ふむ……そこそこじゃな」


 ごくりと飲み干した玉藻は、満足気に息を吐き出した。


「遂に、遂に……か」


 感嘆の息を漏らすノーデンス。その様子を見て、アステラスはふっと笑った。


「悪いな、ノーデンス。貴様のことはもう忘れてしまう」


「……構わん。人となれば、儂と関わることも無いだろう」


 だが、とノーデンスは付け加えた。


「人としての生を終え、再び神の座に戻った時には……また、酒でも飲み交わそう」


「良かろう! その時には、エレボスの奴にも謝らなければな」


 話す二人の前に、瑠奈が飛んでくる。


「師匠……神様だったの?」


「いや、どうだろうな……少なくとも、アステラスは神では無い。神であった存在、とでも言うべきだろうか」


 アステラスはそう言うと、自分の体を指差した。


「この姿は、確かに女神ニュクスに他ならんがな」


「んー、そっか」


 瑠奈はアステラスの手を取ると、ぺたぺたとその体に触れた。


「凄い、本当に神様みたい」


「フッ、みたいも何も、神様だからな! ……まぁ、それももうあと少しだけだが」


「神のままでは居られん、ということじゃな?」


「うむ。貴様程の存在であれば知っておろう? 格の高い神や天使と言うのは、そのままの存在としてこの世界に顕現することは難しい。小さな付喪神や半神程度ならば許されるだろうがな。それか、邪神共のような端からこの地球に依存していない神ならば問題も無いかも知れないが」


 そう語るアステラスの体からは、神力が漏れ出している。


「吾輩がここまで持っているのも、ここが地球では無くドリームランドであるからと言うのが大きかろう」


「確かに、ここは神の為の世界だからな」


 ノーデンスが深く頷く。ドリームランドは力を失った神々が庇護される世界。人であることを選んだアステラスが神の力を保っていられたのはこの場所に居たことが大きいだろう。


「だが、もうそれも限界だな」


 彼らと肩を並べて戦うほどに、瑠奈と目線が合うたびに、アステラスの人で居たいという願いは強くなっていた。


「瑠奈……吾輩が見せた力を忘れるなよ」


「ッ、はいっ!」


 アステラスは少し背丈の高くなったその体で瑠奈の頭に手を乗せた。


「神の力は見上げるものでも無ければ、到達点でもない……超えられるものだ。瑠奈、お前ならば……いや、お前と吾輩ならば、いずれ神をも超えられる」


 瑠奈はこくりと頷きながら、涙を零した。


「ふふ、何を泣いている……今生の別れでも無ければ、吾輩は寧ろ元に戻るのだぞ?」


「でも、忘れるって……なんか、寂しいよ」


「ふふっ、寂しくなどない。どうせ、いつか思い出すのだ。吾輩も泣いておらんのに、貴様が泣くでない」


「……うん」


 アステラスはにこりと笑い、頭を撫でていた手を瑠奈に伸ばした。


「では、な」


 瑠奈も笑い、アステラスの手を掴んだ。


「ノーデンス、お前にも世話になった! 玉藻、瓢、弥胡、貴様らにも感謝を伝えておく! 吾輩達の後始末を手伝ってくれて、助かったッ!」


 アステラスは残った片手をぶんぶんと振り、皆に感謝を告げると、再び瑠奈に視線を戻した。


「吾輩は忘れるからな。吾輩の力はお前が覚えておけ。そして……始源の奴も引きずりおろして、吾輩達で結社の一位と二位の座を奪い取るぞ!」


「あはっ、良いですね! その時は、私が一位です!」


 アステラスはそれを聞いて、にぃっと笑った。


「それでこそだ! 吾輩をいつか超えてみよ! アステラスではなく、この吾輩を……ニュクスをな! 期待しているぞ、我が愛弟子、よ――――」


 アステラスの体から全ての神力が抜け落ち、バタリと地面に倒れた。

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