黄金色
灰色の竜と戦う玉藻達は、アブホースの凄まじい力に苦戦を強いられていた。
「『祈りと目覚め、光と微笑み』」
このままでは何も出来ないと判断した瑠奈は、代償の伴う魔術を使うことにした。
「『狂い月』」
瑠奈は黄金色の光を纏い、その瞳も同じ色に染まっている。だが、同時に宿る筈だった狂気は老日から与えられた星浄の指輪によって抑制されている。
「やっぱり、これがあれば狂わない……!」
瑠奈は視線を前に向け、アブホースと戦う玉藻達を見た。
「『月の剣』」
黄金の光で作られた湾曲した剣。三日月のような形をしたその刃は、振るえば同じ形をした光の刃を飛ばすことが出来る。
「師匠は……大丈夫、生きてるはず」
占星術を使っている余裕は無い。瑠奈はアブホースを睨み付け、先ずは目の前の敵だけに集中することにした。
「行くよっ!」
黒き海を足場に跳躍する瑠奈。一瞬にしてアブホースの眼前まで辿り着いた瑠奈は、黄金の剣を振り下ろした。
「ぐッ!?」
魔術により強化され、黒天の指輪により重力を自在に操る瑠奈は、瞬間的な速度は玉藻をも超えている。竜の頭に叩き付けられた剣は、星浄の指輪の効果によって神力を纏う邪神にすらもダメージを与えた。
「貴様ッ!」
灰色の竜から伸びる漆黒の触手。瑠奈は重力の操作によって空中を高速で動き、迫る触手達を回避した。
「『神妖術・天穿神白剣』」
瑠奈に狙いを定め、意識から外れたその瞬間を逃すことなく、玉藻は術を行使した。生み出された巨大な白い炎の剣が、アブホースの頭を貫いた。
「ぐぉぉぉおおッ!?」
「ッ!?」
アブホースは自身の頭を弾けさせ、破片の一つ一つを細かい刃として飛び散らせた。最も近くに居た玉藻は、それを回避するのも難しく、転移を発動するにも時間が足りなかった。
「大丈夫」
「ッ、瓢か!」
玉藻の横に立っていた瓢は、その体に触れて玉藻にも擦り抜けを発動していた。灰色の破片は二人の体を擦り抜け、洞窟の奥へと飛んでいく。
「はぁ、はぁ……ッ!」
そして、アブホースから離れた位置で弥胡は息を荒くしていた。散弾のように弾け飛んだ灰色の欠片を避けるだけでもギリギリだったのだ。近付くことも、攻撃することも、支援することですらままならない。
「……私、は」
足手纏いになっている。ここに居たところで、ただ生きることしか出来ない。瓢や玉藻、瑠奈でさえも意識の端に弥胡を捉えている。それは、助ける為だ。心配されている。気を遣われている。それはつまり、この危険な状況下で無駄なリソースを割かせているということに他ならない。
「くッ……!」
弥胡は強く奥歯を噛み締めた。自分もあの竜に近付いて戦いたい。しかし、それをすれば危険な目にあって仲間の手を煩わせるだけだ。
「私も……ッ!」
同格だと思い込んでいた瑠奈でさえ、今は全力を出してアブホースと戦っている。割れるような音と共に、弥胡の口から血が零れた。
「――――まさか、このような機会があろうとはな」
弥胡の背後に現れたのは、貝殻のチャリオットに乗った白髪の老人だった。その手には銛のような槍を握っている。
「正に僥倖だ……む?」
老人は目の前の弥胡に気付き、視線を向けた。
「もう少しで殻を破れそうだな、小さき者よ。手を貸してやろう」
「ッ、お前は……」
老人はその銛のような槍で、さくりと弥胡を貫いた。予想外のことに弥胡は目を見開き……その体から、黄金色の光が溢れ出した。
「我が名はノーデンス。神の力によって、今その力を開花させよ」
殺気を剥き出しにした玉藻が老人に触れる寸前、三つの尾を持つ弥胡が玉藻の裾を掴んでいた。
「玉藻、様……私も、戦えますッ!!」
あと少しで三尾に至るところを手助けされ、覚醒した弥胡は全身から黄金色の光を溢れさせ、霊力と妖力、闘気と仙気、ノーデンスから受け取った神力を纏っていた。
「ノーデンス……貴様、殺されに来たかッ!!」
「儂一人なら、そうだっただろうな。だが、今この時ならば……貴様をドリームランドから消し去ることが出来よう」
アブホースは翼をはためかせて空を飛び、空中で息を吸い込んだ。
「共に行くぞ、小さき者共」
「ふん、様子を伺っていた程度の神が上位者振るでない」
ノーデンスは思い切り槍を振りかぶり、アブホースに向けて投げつけた。ブレスを吐き出そうとしていたアブホースはその槍に喉を貫かれて灰色の炎を霧散させる。
「『光の環、重なり並ぶ』」
詠唱する玉藻に、アブホースは槍を吐き出しながら、無数の黒い触手を伸ばす。
「玉藻様には触れさせませんッ!」
だが、玉藻の前に立った弥胡が薙刀を振り回し、神力も込められているその触手達を弾いていく。
「『光差すは天より、回りて焦がす』」
「そっち、見てる場合かなっ!」
「ぐぬぉッ!?」
アブホースの頭上に現れていた瑠奈が黄金色の光の剣を振り下ろす。その頭は真っ二つに斬り裂かれ、染み付いた黄金色の光によって断面同士の接合を防がれている。
「『三陽輪』」
玉藻の周囲に太陽の如く輝く光の輪が三つ生み出され、白い炎に染まる。それを睨んだアブホースは真っ二つに裂けた頭をそのまま地面に落とし、新しく頭を再生させた。
「ぽ、ぐォ」
地面に落ちた頭はどろりと溶けると、黄金の光が染み付いた部分だけを追い出して人型となり、その手に刃を握る。
「もう良い……侵攻は中止だ。今から、全力で貴様らを滅ぼしてやるッ!」
洞窟の外側から蠢くような音が、轟くような声が響く。それは、地上を侵攻する筈だった無数の落とし子達。地上に出ていた個体もゲートを逆戻りし、ゲートを閉じていく。