夜の化身
詠唱中で防御が疎かになっていた隙を突かれ、アステラスはニャルラトホテプによって宇宙空間に放り出されていた。宇宙の何処ぞとも分からない場所だが、星魔術師のアステラスであれば地球に帰還することは訳ないことだった。
「……ッ!」
本来であれば。
「星……彗星か?」
奥から飛来するのは、クトゥグアとは比べ物にならない程の大きさを持つ星そのもの。星間ガスと塵、氷と鉄によって作られたその体は、物体的にも星そのものであると言える。
「――――ァ……ォォ……」
外見上は錆びた鉄の球体のように見える星。その表面に巨大な赤い目のようなものが一つ開くと同時に、星の鳴き声のようなものが響いて来た。
「ルゥゥォオォォ……ルゥゥラァァァァ……」
それは、歌声だ。その恐ろしい姿からは想像できないような、美しい歌声。そこで、アステラスは気付いた。
「魔力が……魔術が使えん……?」
迫り来る星。近付けば近付くほどに、それは彗星としては考えられない程に巨大であることを理解させられる。
「アレは……全て、邪神か?」
その星に連れ立つ、無数の小さな点が見える。それらは、全てが邪神だ。力は大きく無いが、間違いなく神の力を持っている邪神だ。
「吾輩は……死ぬのか?」
純粋な疑問を浮かべるように、アステラスは呟いた。
「ルゥゥゥゥゥンォオオオオオォォ……!」
星の歌声は、段々と大きくなっている。アステラスは迫る死の中で、焦ることも怯えることも無く……ただ、懐かしさを覚えていた。
「……そうか」
そして、思い出していた。
「吾輩は」
赤く光る星が、アステラスを呑み込んだ。
「――――混沌より生まれし夜の化身」
美しくも若い女。この世の美の顕現であるかのようなその少女は、黒に紫の線が入った長髪に、アメジストの如き深紫色の目をしていた。
「ニュクスだ」
アステラスに似たその少女は、子供のようだった元の姿から何歳か時を進めたように見える。可憐さと美しさを併せ持ったその少女は、正に女神の如き容貌をしている。
「夜の女神、ニュクス」
確かめるように、少女は言う。目の前で停止させられた巨星は、戸惑いながらも歌声を上げている。
「全て、思い出した」
巨星を追いかけていた邪神達が、少女をゆっくりと囲んでいく。
「吾輩は、神だった。夜を司り、支配する……夜の化身。そして、無数の神々を生み出した母神」
朧気ながらあった記憶や自意識が、確かなものとなり……アステラスは、神であった頃の記憶の全てを思い出した。
「フッ」
ニュクスは、その美しい顔には似合わない笑みを浮かべた。
「フハハッ、フハハハハッ、フハハハハハハッ!!」
ニュクスは自身を囲む邪神達を見て、豪快な笑い声をあげた。滲み出る神力に、邪神達は気圧されて下がる。
「貴様らのことも思い出したぞ……今度こそ、完全に滅ぼし消し去ってやろう!」
ニュクスは、かつて邪神達と争った神々の一柱だ。人として生きる代償に、神としての記憶の全てを失っていたニュクスだったが、自身の危機と宿敵である邪神を目の前に記憶を取り戻したのだ。
「行くぞ、邪神共ッ!!」
「ルゥゥゥゥゥンォオオオオオォォォォッ!!」
文字通り、神々の戦いが宇宙の彼方で始まった。