猛禽
アメリカ全土に溢れ出した灰色の怪物達は僅か数分で人口の3%を奪い取った。指数関数的に拡大していくかと思われていた被害は、意外にも食い止められていた。
「数が、多すぎる……ッ!」
背から鳥のような茶色い翼を生やした男の名はプライン。その腕は筋肉質で、手は巨大な鷲の鉤爪と化している。
「一体一体は大してって感じだが……殺しても殺してもキリがねぇ」
脚も同じような異形の鉤爪に変化させているプラインは空を飛びながら、襲い来るアブホースの落とし子達を屠り続けている。
「ッ、おいおい……急に何だ?」
灰色の怪物達が、突如その背に翼を生やし始める。初めは跳べずに地面に体を擦るだけだったが、次第にその体は空を飛ぶ為の体へと変形していき、遂には怪物達の中の一体がプラインと同じような外見となって空を飛翔した。
「クソ、飛びやがった……」
単なる鳥ではなく、プラインのような人型の飛行生物となったのは、他でも無いプラインの形状をコピーしたからだ。
「ォ、トビ! ヤガ!」
「まさか、言葉もか……?」
初めに言っておくが、落とし子の知能は決して高くない。それに、肉体的なスペックとしても再生能力を除けばゴブリン程度だ。
「コロ、セ」
「ハン、ター!」
「ハンター!」
だが、飽くまでそれは単体での話だ。
「ナンバーツキ、ダ!」
「猛禽、ダ!」
「ヨンバンメ! ヨンバンメ!」
彼らは、全ての記憶や経験を共有する。それは己の死や、思考でさえも。
「コロセ! アツマレ!」
「カルゾ! ヨンバンメ、ダ!」
故に、彼らは目の前に居る相手がアメリカNo.4のハンターの『猛禽』であると気付いていた。
「クラエ! コロセ! ノウヲウバエ!」
「こいつらッ、段々動きが……!」
プラインを囲む数万体の怪物。その全ての目がプラインの動きを捉えている。癖や動きを学習し、自身の動きにも相手への対策にも充てられる。
「……魔力を使うか」
ここまで、殆ど異能だけで戦っていたプラインは魔力を解放し、自身の肉体性能を更に引き上げた。
(幸い、奴らの狙いは俺に向いている……俺がこのゲートを抑えていれば、何れ他の奴が根本をどうにか解決してくれる筈だ……というか、それに賭けるしかない)
倍以上の速度で飛行するプラインは、擦れ違い様に敵を屠りながら攻撃の全てを回避していく。
「俺より強い奴なんて、幾らでも居る」
猛禽という名を持つプラインだが、その異能は全ての鳥類の能力を行使できるというものだ。
「カズジャ、ダメダ」
「アツマロウ」
「アァ、アツマロウ!」
灰色の怪物達が、溶けるように液状化して地上を駆け抜ける津波のように混ざり合って行く。
「合体って奴か……?」
ゲートから無限に溢れ出し続ける怪物達。その内の数千体程度が結合し、巨大な一つの個体となった。
「「「コノ、カラダナラ……トブヒツヨウモナイナ?」」」
不定形のまま揺れる円柱状の巨体。それから伸びる無数の触手は、プラインを捉えようと枝分かれしながら迫った。
「やっぱり、根本的な知能は高く無いな」
だが、プラインは鷲の鉤爪を振り回すだけでそれらを切断し、余裕が出来た一瞬でその鉤爪に魔力を籠め、思い切り振り下ろした。
「「「ォォ、アババババババッ!?」」」
三つの魔力の斬撃が空間を進みながら大きくなり、巨大な灰色の怪物を四枚に切り分けた。
「ダッタラ、ツギハ……」
「コウダ! コウシヨウ!」
「アツマレ~」
落とし子達は再び集まっていく。プラインは斬撃を飛ばし、その数を減らしながらそれを眺めていたが……どうやら、さっきとは訳が違うことに気付いた。
「……なるほどな」
数千体の……いや、一万体を超える落とし子達が集まっていく。その中心に存在する灰色の球体のようなものは、落とし子達を呑み込んでいくがその大きさは殆ど変化しない。
「今度は、そっちか」
冷や汗を垂らしながらも魔力の斬撃を飛ばし、球体を破壊しようとするプライン。しかし、斬撃はその球体を僅かに凹ませただけで、直ぐに元通りに修復される。
「ハ、ハハハッ! アハハハハハッ! こんにちは、猛禽ッ!」
哄笑と共に生まれた人間のような形の怪物。その背からは翼が生え、手や足は鷲の鉤爪のように変化した。そこまでは同じような姿をした怪物が無数に居たが、この怪物は顔の造形から身長までプラインに酷似していた。
「僕は君の子供みたいなもんだからさぁ! 愛してくれよぉおおおお!?」
「妻は居ても、ガキが居た覚えは無いな」
プラインと同じ姿をした灰色の怪物は、プラインと同じような動きでプラインに襲い掛かる。一万体以上の怪物が融合して生まれた怪物は、最早元の数に戻ることは出来ない不可逆の形態だが……その分、単体としての性能は通常個体とは比にならない。
「ところでさぁッ、この腕扱い辛くない!?」
「人の真似して文句言ってんじゃねぇよ。我慢しろ」
軽口を返すプラインだが、そこまで余裕がある訳では無かった。何故なら、相手しなければならないのは目の前の怪物だけではなく、周囲を羽虫のように飛び回る雑魚も含まれているからだ。