クトゥグア
魔法陣より放たれた蒼い光線。それは、地球へと迫る巨大な火球を押し返すようにせめぎ合う。
「一か八かではあったが……やはり、上手くいったようだなッ!!」
光線はクトゥグアを完全に抑え付けるどころか、少しずつその勢いを失わせ、溢れる炎を矮小化させていく。
この出力は、単にアステラスの夜がクトゥグアの力を吸い取っているからと言うだけではない。星魔術の中でも太陽系の構造を利用し、地球を基準にするこの魔術に他ならぬ地球が手を貸したのだ。
当然、それを予期した上でアステラスはこの魔術を選択していた。
「さぁ、貴様が相手にしているのはアステラスだけではないッ! この星そのものだッ!!」
蒼い光線を援護するように、虹色の光線や光弾が無数にクトゥグアに向かって行く。
「――――悪いね、アステラス」
どこからか、声がした。
「追加だ」
宇宙に開かれたままの召喚陣から、ドーナツ状の炎が現れた。それは回転しながらクトゥグアの数倍の速度で地球へと降りていく。
続けて、クトゥグアより一回り小さい灰色の炎の塊が投下される。彼らは、ヤマンソとアフーム=ザー。クトゥグアに勝ることは無いが、同じ炎の邪神だ。
「ッ、計算が狂ったぞ……ッ!!」
その身一つで邪神三体を相手にすることになったアステラスは、鬼気迫る表情を浮かべながらも魔術を制御し、次の策を考える。丁度クトゥグアを囲める程の大きさを持つ円状の炎は、既に夜の内側にまで入り込んでいる。
「いや……そうだ」
アステラスは何かを思い出したかのように空に手を伸ばした。
「ここが、使い処だろう」
その手に、星のような煌めきが浮かぶ黒い玉が握られた。星玉と呼ばれる物の中でも、ブラックホールの蒸発後の魔力が凝縮されたこれには、殆ど星一つ分の魔力が籠められている。
「力の引き出し方は既に分かっている」
天に向けられた星玉は、アステラスの夜の中でも星の一つとして強い輝きを放っている。
「星玉よ、応えよッ!!」
アステラスの魔力に反応し、星玉が更なる光を放つ。莫大なエネルギーを持つ星玉と接続状態になったアステラスは驚愕に目を見開くが、その身を引き裂かれないように制御に集中し、溢れる魔力を虹色の星に変換していく。
「不味い、これは……ッ!!」
大天地の星鏡を維持しつつ、夜を操作しつつ、星一つ分の魔力を制御するというのは至難の業という言葉ですら表せない程の難易度だった。
アステラスはクトゥグア達を抑えるべく、何とか蒼い光線と夜の操作を続けるが、その身に少しずつ紫色に光る罅が入っていく。
「くふふ、おやおや……大丈夫かな? 手を貸してあげ――――」
アステラスの集中を乱すようにその肩に手を触れたニャルラトホテプの体が、黒い海に呑み込まれて消えた。
「――――私も手伝うよっ、師匠ッ!!」
ニャルラトホテプに代わり、アステラスの肩に手を触れたのは瑠奈だ。
「ッ、良く来た……我が弟子よッ!」
「師匠のピンチを助けるのは弟子の役目だからねっ!!」
暴れるような星の魔力が、瑠奈の体と薬指に嵌められた指輪にも流れ込むと、アステラスの体を引き裂いた亀裂が塞がっていく。
「私が回路代わりになるよっ! 壊さないでね? 師匠!」
「分かっている、吾輩に任せておけッ!!」
アステラスはニヤリと笑みを浮かべ、杖を高々と邪神達に向けた。
「『星辰、星斗。星天の果て』」
夜にエネルギーを吸い取られながらも、少しずつ地球にその炎を近付ける邪神達は、もう雲の上辺りまで迫っている。
「『光り輝き、燃え尽きるとき』」
唱えられる魔術。それは、本来ならば到底発動できない理論上の魔術だ。ただその現象を引き起こすだけでは無く、都合良く改良し、制御する魔術。
「『彼方の地平線、赤き光も闇に消える』」
瑠奈とアステラス。二人は同じ場所を見て、口を開いた。
「『時空間歪曲点』」
地球に迫るクトゥグア達。彼らを呑み込むように、歪んだ超重力が発生する。光や電磁波でさえも、あらゆる力を引き込むその天体には、邪神でさえも逆らうことは出来ない。
「フハハハハハッ、無駄だッ!! そこでは魔術の発動さえも出来ない!!」
何とか抗おうとする邪神達だが、その歪みの中では魔力も神力も引き込まれ、呑み込まれてしまう。そんな環境の中で魔術を構築することは難しく、魔法陣の展開に至っては無意味だ。
「吾輩の……いや、我らの勝ちだッッ!!!」
「勝ちだねっ!」
本物以上の出力と魔術としての性能を持つブラックホールは、アステラスの支配する夜の中で制御され、街を殆ど破壊することなく邪神達を呑み込み……消滅した。
「これで、漸く……ッ!?」
「な、なにこれ……なにこの、感じ」
二人の背筋に、寒気が走った。そして、何処かから声が響いた。
「――――我らこそが真の神。外なる神」
次元が破れ、空に穴が開く。
「我こそは不浄の源、沸き立つ灰の父……我が名は、アブホース」
そこから、灰色の不定形な生物達が濁流の如く流れ出してきた。