炎の邪神
次々に敵を打ちのめしていくアステラスは、次の敵を探してまた気配を探った。その背後の影から、ぬるりと女が現れる。
「やぁ、暇そうだね」
「ふん、無貌か。貴様の作戦がちんけ過ぎたせいでな。吾輩を前にすれば、スケールが小さすぎると言わざるを得んな」
アステラスが言うと、女は……ニャルラトホテプは厭らしく笑みを深めた。
「くふふ、そうかそうか……なら、とっておきと行こう。私としても、正直一番切りたくなかった手札の一つなのだがなぁ?」
「とは言え、吾輩も目の前で何かするのを見過ごす様な馬鹿では無い」
虹色の閃光が、ニャルラトホテプの胸を貫いた。発動が早く、詠唱も無いその魔術を避けるのは、ニャルラトホテプと言えど油断している状態では難しかった。
「おっと、これは驚いた……」
「無辜の民の命がかかっているものでな。吾輩の楽しみで左右する訳にも行かんだろう?」
アステラスが手を突き出すと、前方に無数の魔法陣が花開いた。
「一つ、残念なお知らせが――――」
「『星遊び・極小虹星弾』」
魔法陣から放たれる無数の虹の星。ニャルラトホテプの体はそれによって滅茶苦茶に破壊され、塵も残さずに消し飛ばされた。
「呆気なかったな……化身とは言え、ここまで歯ごたえが無いとはな」
鼻を鳴らし、空を見上げたアステラスはそれを見つけた。
「……星?」
空の遥か彼方、目を凝らさなければ見えない程の遠くで光るそれは、少しずつ大きくなっているように見えた。
「隕石……いや、違うな」
光り輝く流星のようにも見えるそれは、段々とこちらへと……地球へと近付き、落ちてきているように見える。
「邪神か」
それは、星では無い。燃え盛る炎そのものだ。
「――――そうとも。彼の名はクトゥグアだ」
いつの間にかアステラスの隣に立っていた女。その姿はさっきアステラスが殺したものと同じに見えるが、別の化身だ。
「私と彼は犬猿の仲だからね……本当は召喚したくは無かったんだが、仕方ないだろう?」
「……良かろう」
アステラスは常闇の杖を構え、宇宙から落ちるように飛来するそれを睨み付けて笑った。
「太陽の如き炎と、我が星魔術……どちらが上か、みせてやろうッ!」
「へぇ、面白い……おっと、私はもう何もしないよ。既に、役目は終えているからね。遠くから見届けさせて貰うさ」
アステラスに杖を向けられたニャルラトホテプは、両手を上げて肩を竦めると、その場から消え去った。
「さて……着弾まで、三十秒と言ったところか」
クトゥグアの速度、そして地球までの距離を測ったアステラスは、到達までの時間を計算した。
「十分だ」
アステラスは天高くに杖を向け、詠唱を開始した。
「『我こそは黒き世界の王、闇に満ちし天上を統べる者』」
杖に魔力が満ちて行き、それによって杖は黒い輝きを帯びる。
「『混沌の果て、宵闇は来たる』」
迫り来る炎は、既にその姿が誰の目でも捉えられる程になっている。
「『遍く星々、金烏と玉兎。万象一切我が下にあり』」
少しずつ空気が熱され、温度が上がっていく中……漆黒の杖は、鍵となってアステラスと宇宙とを接続させていく。
「『夜』」
その瞬間、世界に夜が満ちた。空の上に広がっている筈の夜が、地上までもを浸食し、アステラスを中心に広がっていく。
「フハハハハハッ、どうだッ!! 見ているか邪神共ッ!!」
全てを夜へと塗り替える固有魔術。それはアステラスの支配する領域ではあるが、単なる結界では無い為、解除は極めて難しい。
「美しき星天をッ、黒き宙の一端をッ、全てを塗り潰すこの夜をッ!!」
全てを塗り潰し、殆どの光を呑み込んだ夜。見えるのは煌めく星々のような光と、天空から落ちて来る轟々と燃える巨大な火球。
「確かに凄まじい魔力だな……だがッ、その力は利用させてもらうッ!!」
冷たい夜が、溢れ出る熱気を吸い込んで膨らんでいく。元は直径十数キロ程度だったそれは、百キロを超え、数百キロメートルと広がっていく。
「剥き出しの力、傍若無人なる炎の神よ……その傲慢を悔いるが良いッ!!」
何も憚ることなく、自らの力を、凄まじいエネルギーを溢れさせていたクトゥグア。その炎は夜に吸い込まれ、少しずつ力を奪われていく。
「『曇り無き星の光、仰ぎ見れぬは地星の光』」
音速を超えて迫っていた火球は大気圏に突入しながらも速度を落としていく。
「『陽光と月光と、混じり合い。星の光も混じり合い』」
アステラスの支配する夜に、虹色に輝く大量の魔法陣が開いていく。
「『奇跡の星は光を帯びる。蒼き星は光を返す』」
その無数の魔法陣達に押し出されるようにして、一際巨大な魔法陣が構築されていく。アステラスの作り上げた夜空を殆ど埋め尽くす程に大きなその魔法陣は、小さな無数の魔法陣達と複雑に重なり、立体的な一つの魔法陣と化した。
「『夜空へと』」
虹色の魔法陣から、蒼い光が眩く溢れ出していく。
「『大天地の星鏡』」
巨大な魔法陣から宙へと、直径数百キロはある蒼い光線が放たれた。