脅し
天明の服から式符が零れ落ち、空中で燃えて灰になる。すると、魔術士の女を抱き抱えた天明の姿が炎を残して消えた。
「いやぁ、遅くなってすまん! まさか、こんな状況になっているとは思わなんだ」
「……私は、ありがとう」
湖から離れた場所に女を下ろした天明は、宙を舞ってグラーキがこちらに飛んできているのを見つける。
「逃げる程度なら出来るだろう? 出来るだけ、傀儡となった者も助けるつもりだ。安心しろとは言えんが、気の迷いを起こすなよ」
「分かってる。私は、助けを呼んでくるだけにする」
天明は頷き、こちらに向かってくるグラーキを睨んだ。
「『霊冥砲』」
式符が焼け落ち、青白い霊力の波動が放たれる。しかし、距離の離れていたグラーキはそれを見た目からは想像も出来ない程に機敏な動きで回避し、そのままの速度で天明へと迫る。
「どんなやり方でヘーアを倒したかは知らないけどさ~? まさか君一人で倒した訳でも無いんでしょ?」
「如何にも!」
無数の金属の棘を伸ばしながら突撃してくるグラーキを天明は高く跳んで躱し、式符を空中でばら撒いた。
「『式神召喚』」
天明は空中に浮遊したままパチリと手を叩き、詠唱を続けた。
「『十二護将』」
全く同じ姿をした十二体の鎧を纏った式神が宙に浮いて現れる。それらは、天明自身と連携することで天明を守護する一種の道具のようなものだ。自律させて戦わせることも出来るが、天明は殆どその使い方をしない。
「俺の本領は式神! 他力本願の戦いこそ陰陽師のあるべき姿よなぁ!」
「ッ、なるほどね……僕と同じって訳だッ!」
湖の方から、大量のゾンビ達がここまで辿り着いた。それを見た天明は式符を一つ取り出し、放り投げる。
「『溜まり淀んだ邪を浚い、暗く滲んだ呪を祓う』」
「ッ、させるか!」
宙を舞う式符の片方を貫こうと近付きながら金属の棘を伸ばすグラーキ。天明はそれを防ごうともせず、手の平をグラーキに向けた。
「『霊冥砲』」
「なぁッ!?」
天明の服の内側に隠されていた式符が燃え落ち、天明から青白い霊力の波動が放たれる。かなりの至近距離に居たグラーキは驚愕に目を見開き、転移によって逃れる。
「反応が速いな……流石は邪神か」
天明は舌を打ち、遠くに逃れたグラーキを睨み付けた。
「『溜まり淀んだ邪を浚い、暗く滲んだ呪を祓う』」
だが、今度はグラーキもそう簡単に近付いてこれないだろうと天明は式符を取り出し、地上に押し寄せるゾンビの群れを見下ろした。
「『祓呪風――――」
地面から放たれた矢が、天明の手に握られた式符を鋭く貫いた。
「なるほど、腕の立つ者も傀儡となっているか……厄介だな」
「助けて、くれ」
浮遊する天明の背後に剣を持った男が現れ、その刃を振り下ろす。
「善処しよう」
天明はその刃を避け、式符を男の額に押し付けた。すると、男の動きが止まり真っ逆さまに地面に落ちていく。
「確かに、数は凄まじいが……」
天明はどこまでも広がるようなゾンビの群れを見下ろすと、男に押し付けたものと同じような式符を空中でばら撒いた。
「陰陽寮の長を舐めるなよ」
空中にばら撒かれた式符。その数は精々数十枚程度だったが、風に流されて宙を舞う式符達はゾンビ達に食らいついていくと、その体から力を吸い取って分裂を繰り返していく。
『なるほどねぇ、呪いを解くことは諦めて機能停止を優先したって訳だ~?』
どこからかグラーキの声が響く。周囲一帯を探知してもその気配が見つからないことで、天明はグラーキが離れた場所まで逃れていることに気付いた。
「完全に後衛に回る気か」
『最初はそのつもりだったんだけど、ちょっと気が変わってさァ~』
天明を魔法陣が囲み、一斉に光線のようなものが放たれる。しかし、十二体の鎧の式神が盾となってそれを防いだ。
『ほらァ、こんな風に埒が明かなそうだし~?』
「ならば、姿を現せばいい。遠隔から放てる魔術には限界があるのだろう」
天明は地面から飛び掛かってきた槍使いを式神に止めさせ、額に式符を押し付ける。
『ところで、君さァ……随分熱心に彼らを助けようとしてるよねぇ?』
「救える者は救うのが強き者の役目だ」
天明の放った式符は順調にゾンビ達の動きを停止させている。このまま時間を稼ぐのも悪くはないが、向こうの調子はどこか怪しいと天明は考えていた。
『僕、良いこと思いついちゃったんだけどォ』
嫌な予感しかしないような言葉に、天明は耳を傾ける。
『これ以上戦おうとするなら、彼らをぐちゃぐちゃに混ぜちゃうよぉ?』
それはつまり、脅迫だった。
『そうなったら、君も元には戻せないよねぇ……?』
傀儡と化したゾンビ達を人質にした、天明への脅迫。
『なぁに、タダでとは言わないさ……君が僕の傀儡になってくれるなら、あんな雑魚なんて皆解放してあげるよォ……約束さァ』
怪しさしか無いような、穴だらけの約束。催眠効果を持たせた声が、天明の頭の中で何重にも響いた。