再生
天明は式符を両手を合わせて挟み、目を閉じた。
「『火心、水骨。土の肉』」
「『覆うは金皮、接ぎ木の魂』」
「『五行再生』」
陰陽道においてはかなり基本的な術。しかし、その完成度と出力は並みの陰陽師とは比べ物にもならない程だ。
「ぅ、ぁ……ぁれ?」
「い、生きてる! 助かった!?」
「おれ、確かに死んで……滅茶苦茶に、撃たれた筈なのに」
肉体は死んでいたが、まだ魂が離れていなかった彼らを蘇らせるには、ただ肉体を再生させるだけで良かった。そして、再生の阻害もされていない者達を元通りの体にする程度、最上位の陰陽師である天明にとっては造作も無いことだった。
「お、おいッ、トミー! 何でお前は起きねえんだよ!?」
「頼む、お前も生き返ってくれ……何故だッ、神よ!」
だが、ゾンビの状態で肉体を破壊され、魂が離れてから時間が経ってしまっていた者達は蘇ることが出来なかった。その割合は、全体の二割程度だろうか。
「しかし……不自然なまでに妨害が無かったな?」
天明は眉を顰め、地上を見下ろした。
「すまん、ちょっと良いか?」
「わッ、なんだアンタ!? 飛んでたよな今!?」
天明はゾンビにされていた者の一人の前に降り立ち、その腕を掴んだ。
「ふむ……すまんが」
「おいッ、何すんだ!?」
天明は男の服の破れていた胸元を開き、心臓の辺りに手を当てた。
「やはり、呪いの中枢は心臓だったようだな」
「何語喋ってるか分からねぇが……日本人か?」
天明は数秒目を瞑った後に男から手を離した。
「そこか」
「おーい、聞こえてんのか? あー、コンニチワ~?」
天明は男を無視し、再び空へと浮き上がった。
「うぉッ!? やっぱり飛んで……消えた」
天明の姿が転移によって消え、男は唖然としたまま取り残された。
♢
天明が転移によって移動した先には、大きな湖があった。それはカナダとアメリカに挟まれて存在するスペリオル湖だ。
「む?」
天明は首を傾げた。それは、あの呪いの繋がる先がこの湖であったからだ。周囲には誰も居らず、気配もしない。
取り敢えず、この湖を調べて見ようと近付いた天明だが……その出鼻を挫くように、湖の中から何かが飛び出した。
「こいつが大本……いや、そんな訳も無かろうな」
何人もの人間がぐちゃぐちゃに纏められたかのような、巨大な人型のアンデッド。全身の至る所から金属の棘が生えており、筋肉と骨が混ざったような皮膚が全体を覆っている。
「やはりか」
それと同じような異形が、湖の中から二十体以上飛び出して来る。天明は眉を顰め、飛び退いて湖から離れた。
「良いだろう! 傀儡をぶつけて来ると言うならば、俺も式神をぶつけよう!」
天明は無数の式符を空中に舞い散らせ、両手をパチリと合わせた。
「『式神召喚』」
式符が形を変じ、式神と化していく。十数体は居るそれらは巨大なアンデッド達に向かって行き、容易く討ち取っていく。
「一体一体は大して強くも無いな」
そうして湖に再び近付こうとした天明。しかし、湖の中から見上げる程に巨大なナニカが浮き上がってきた。
「ほう、中々に硬そうだが……」
灰色がかった卵型の物体。それは骨のような鱗で覆われ、割れたような天辺からは黒い物質が噴出したように広がり、鎌が先端に付いた無数の触手となっている。
「『霊冥砲』」
宙を舞った式符が焼け落ち、天明は青白い霊力の波動を放つ。宙に浮く卵のような物体に直撃したそれは、骨のような鱗を削り取り、灰色の殻を破って突き進む。
「貫通、とまでは行かぬが……ゆで卵程度にはなったな」
触れた場所から溶かし、消滅させていく恐ろしい攻撃。それは卵に大きな穴を開け、その内部をドロドロと溶かした。穴から零れ落ちて来る溶けた物体は、肉か臓物か、判別も付かない。
「僅かに神力を感じるが……微弱だな」
再生しようとする怪物に天明は再び式符を取り出す。それを妨害するように黒い鎌の付いた触手が音速を超えて飛来し、主を守ろうと間に入った式神達を容赦なく破壊していくが、天明は転移によってそれから逃れた。
「『霊冥砲』」
空中に転移した天明は、さっきと全く同じ攻撃を卵のような物体に向けて放つ。しかし、今度はさっきの半分程度の損害も与えることは出来ずに波動は消えた。
「まさか、耐性が付いたか……?」
天明は初めて危機感を抱き、眉を顰めた。そこに殺到する鎌の触手を、再び転移で回避する。
「なるほど、となれば次は一撃で仕留める必要が……ッ!」
考察する天明。そこに迫る触手を転移で回避するが、その転移先を狙う触手が地面から飛び出して鎌を振るった。
「学習する、という訳だな……!」
天明は冷や汗を垂らし、だが笑みを浮かべた。
「一発勝負だッ!」
天明は触手を回避し、怪物の上、湖側に転移した。