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死体か、傀儡か。

 アメリカの一部は、既に殆ど崩壊状態に陥っていた。それはスペリオル湖の周辺、メネソタ州、ウィンスコンシン州だ。そこから溢れ出たゾンビ達はミシガン州へと侵攻を開始している。


「たす、けて……」


「から、だが……かゆ、ゥ……」


 血色が少し悪い程度の彼らは、肉体的には死んでいるアンデッドだ。呪いと魔術によってまるで生きているかのように振舞っている上に、彼らには魂と意識が確かに残っているが、それでももう生き返ることは殆ど不可能だ。


「撃てぇえええええッ!!」


「クッソ、ゾンビ映画かなんかかよッ!」


「お、おいッ、アイツらまだ喋ってるぞッ! 本当に殺して良いのか!?」


 そして、そのゾンビ達と相対するのは合衆国陸軍だ。時間を稼いでいた州兵達は既に全滅しており、彼らの一員となっている。つまり、彼らに殺された者達もまた、邪神の奴隷として人類を滅ぼす為の駒として使われることになる。


「駄目だッ、救出を試してる暇も無ければ試せるような術者も居ねぇ!」


「黙れお前達ッ、ひたすら撃ち続けろッ! 奴らを良く見ろッ、銃弾をアレだけ喰らって動き続けるのは既に人間の体では無いッ! 奴らはただ動くだけの死体だッ!」


「ッ、了解!」


 このゾンビパニックのような状況を引き起こした元凶は、グラーキという邪神だ。ここには居ないがその容貌は巨大なナメクジのようで、背から無数に生えた金属の棘を突き刺し、体液を流し込むことで相手を従順なアンデッドに変えることが出来る。

 その性質はアンデッドに変えられた者もまた受け継ぎ、グラーキのゾンビは体の好きな場所から同じような金属の棘を生やし、それを相手に突き刺して感染させようとする。


「しぶといのもそうですけど……アイツら、そもそも皮膚が硬いっす! 当たりが悪いと、銃弾でも弾かれるッ!」


「クソ……魔術隊の到着はまだかよッ!?」


 悪態を吐き、恐怖に怯えながらも殆ど州二つ分のゾンビの群れを何とか押し留める彼らだが、その上空に巨大な魔法陣が開いた。


「な、何だあの魔法陣……!?」


「魔術隊が来たんじゃないか!? きっと、支援攻撃だ!」


「ッ、絶対に違う! 俺には到着の連絡は届いていないッ、それに……アレは明らかに、俺達の上にあるだろう」


 事態を理解した彼らには一瞬の沈黙が走った。


「う、撃てッ、取り敢えず撃てッ!」


「出来る奴は魔力を弾丸に込めて撃てッ、アレをぶっ壊すんだッ!」


「馬鹿ッ、撃つな! 真上に撃ったら銃弾が落ちて来るに決まってるだろ!? そんな初歩的なことも……ッ!?」


 錯乱状態の彼らによって魔法陣に向けて放たれる無数の弾丸。だが、それで魔法陣は破壊されることもなく、重力によって落下する銃弾が兵士達に直撃するよりも早く……魔法陣はその効果を発動した。


「み、水が!?」


「やばい、濡れるぞッ!」


「ぐッ、体が重い……何だこれ、緑の水?」


 その魔法陣から降り注いだのは緑色に染まった液体。それは彼らに……隊列の中心に居た部隊の三割程にかかり、その体をどっしりと濡らした。


「ジャケットを脱げッ、銃自体は防水だから問題は……ァ?」


 冷静に部隊を指揮しようとした隊長は、自身の異常に気付いた。体が思うように動かない。いや、それだけじゃない。何かが、おかしい。


「お、おォ……あ、あ……れ?」


 皮膚から染み込んだ緑の液体は異常なまでに彼らの肉体に浸透し……そして、彼らをアンデッドに変えた。魔法陣から降り注いだ緑の液体は、注入するだけで傀儡と化すグラーキの体液だったのだ。


「や、やべぇッ、逃げろ! 逃げろッ!」


「駄目だッ、中央が崩壊した! 指揮を取れる奴も居ないッ、撤退しろ!」


「全員で撤退だッ、これは仕方な……ぇ?」


 さっきのと同じ魔法陣が、次々に空に展開されていく。それからは、彼らを絶対に逃がすまいとする執念のようなものを感じた。


「に、逃げ道まで塞がれた……」


「は、ハハッ、ハハハハッ!! 終わりだッ、もう終わりだッ!!」


 錯乱を超えて、狂乱状態に陥る彼らは武器を捨てて頭を抱え、無茶苦茶に魔法陣に向けて発砲し、殆どが生きることを諦めていた。



「――――間に合ったかと言えば、中々怪しいな」



 無数の魔法陣から降り注ぐ緑の液体。それが触れるよりも先に、生き残っていた彼らの一人一人を囲むように障壁が展開される。それを為したのは、空を飛んでやってきた天明だ。


「さて、救える者から救うとするか」


 天明はその地獄絵図を見ても動揺した様子は無く、大地を見下ろしてその手を翳した。


「『溜まり淀んだ邪を浚い、暗く滲んだ呪を祓う』」


 青い霊力が天明の手に集まり、そこから微風が巻き起こる。


「『祓呪風隠(ふつじゅふういん)』」


 微風は一気に勢いを増し、巨大な風となった。それは戦場を吹き抜け、彼らに込められた呪いを浚い上げていく。しかし、隷属を強制していたと同時に彼らの肉体を動かしていた呪いが消えた今、彼らは真の意味で滅びようとしていた。


「そう心配するな」


 肉体から離れようとする魂達。天明は取り出した式符を挟むように手を合わせた。

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