ジャパニーズニンジャ
目を見開くリベルテ。忍者はその体を掴んでその場から離れた。
「大丈夫でござるか?」
「ぐ、ぅ……なん、とか……ね」
地面に下ろされたリベルテは苦しそうに身をよじらせ、穴の開いた腹部を見下ろした。
「致し方無し。これを食うでござる」
「……」
忍者が手渡したのは小さな球状の赤い物体。薬と言うにはやや大きいが、リベルテは迷う暇も無くそれを呑み込んだ。
「ッ、何……これ!?」
「神通丸にござる」
忍者は答えるとリベルテの前に立ち、振り下ろされたイグの剣を受け流した。
「新手か……何者だ?」
「気付いてないんでござるか? 既にこの迷宮のルールが失われていることに」
イグの表情に走る驚愕。その隙を見逃すことは無く、忍者はイグの腕を斬り落とした。
「これは、神力……ッ!?」
「飽くまでも一時的なものでござる故、基本的にはただの防御手段でござるよ」
リベルテの体に通う神力は、まるで彼女が操る魔力のように体に馴染んだ。それは彼女の体を巣食っていたイグの神力を食らい、リベルテは漸く自身の体を再生させられる余裕を手に入れた。
「ッ、もう消えちゃった……けど、これで戦えるわッ! 今の私は100%以上よ!」
穴の開いた腹部は綺麗に塞がり、リベルテは忍者の後ろでファイティングポーズを取った。
「それは助かるでござるな」
切り札の異能を見せる必要が無くなった、と忍者は内心で言い加えた。その横にリベルテが並ぶ。
「取り敢えず、雑魚は私に任せなさいッ!」
警戒するように二人を囲んでいた蛇人間達。リベルテは拳を地面に叩き付け、緑の波動を地面に伝わせた。
「どうッ!? 正に自由自在でしょ!? 万全以上の今なら、このくらい余裕よッ!」
地面を伝って走る緑の波動は、途中の蛇人間達に触れる度に棘のように膨れ上がり、彼らを足元から貫いていく。
「リベルテ・エンライト……まともに会うのは初めてでござるが、やはりアメリカ一位の座を頂くだけはあるようでござるな」
国が出来てからの歴史の浅いアメリカは魔術やその国固有の術などはそこまで発達していないが、異能者や技術のある者達を国の人材として取り入れるのが他の国よりも早かった。持ち前の軍事力もあり、精力的に活動していった結果、こと異界に関しては世界でも五指に入る程の優位性を持っている。
「アッハハハッ! 助かったわジャパニーズニンジャ! 貴方のお陰で、私はこんなにも自由ッ!」
「それは重畳」
故に、そのトップに立つ彼女が只者で無いのも必然であった。忍者と言う一石によって窮屈な戦況から解放された彼女は今、自由を手にしていた。
「ッ、ツァトゥグァ!」
「黙れッ、分かっている!」
自在に空を舞うリベルテに指先を向けるツァトゥグァ。その指が切断され、宙を舞った。
「な……ッ!」
「失礼仕る」
いつの間にか目の前に立っていた忍者は、ツァトゥグァに式符の刺された苦無を投げつけ、巨大な腹部に突き刺した。
「ぐッ!? これは……ッ!」
「拙者の地元は神の多い国でござる故……」
ツァトゥグァは痺れたように動きを鈍らせ、何とか忍者に手を伸ばすが、その手首が斬り落とされる。魔術を発動しようと残った片手で地面に陣を描くが、飛来した苦無がその手を地面に括りつける。
「その神を鎮める方法には詳しいんでござるよ」
「ぐぁ――――ッ!?」
忍刀が閃き、ツァトゥグァの首がボトリと落ちた。術士タイプであるツァトゥグァにとって、忍者は相手が悪かった。
「タイマンだけど、調子はどうかしらレプトルッ!」
「黙れッ、只人風情が……ッ!!」
完全な一対一になったイグとリベルテ。拳と刃がぶつかり合う度に緑の波動が溢れ、イグの体に傷が付いて行く。
「さぁ、私は光学すらも超越するわッ!」
リベルテの姿が消えた。温度も無い。何も無い。捉えることも叶わない。その姿が、イグの背後から突き出された拳を先頭に現れる。
「な――――ッ!?」
渾身の一撃が、振り返ったイグの腹部に直撃する。緑の光がそこから溢れ、リベルテは浮かべた笑みを強めた。
「殴り抜けるッ!!」
リベルテはまるで何の抵抗も無いように、イグの腹部をあっさりと貫いた。遅れて走った緑のスパークがこの大きな空洞全体に広がった。
「あぁ……最ッ高ね」
体内をそれに焼き尽くされたイグはバタリと地面に倒れ、その横でリベルテは恍惚としたように上を眺めている。
「終わりでござるな」
「ぐ、ッ……」
忍者はリベルテの横に立つと、心臓を止めながらも生き残っていたイグを見逃すことなく忍刀を突き刺して印を結んだ。
「それで、そろそろ聞いてもいいかしら……?」
「む、何でござろうか」
リベルテは微笑み、濃紺色の布で隠された忍者の顔を覗き込んだ。
「貴方、だぁれ?」
「これにて失礼、ドロン」
忍者は両手を組み、人差し指を立てると……その場から煙を残してドロンと消えてしまった。
「……ま、良いわ。いつか会うこともあるでしょう」
リベルテはにこりと笑い、昇っていく白い煙を見上げた。




